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静内神社 (北海道〈日高〉新ひだか町静内御幸町)
参拝日 令和元年8月7日(水)
作成日 令和2年9月26日(土) 追記日 令和6年3月17日(日) |
しずない じんじゃ
| 〈日高管内〉新ひだか町静内御幸町五丁目7-28 (42度20分34.95秒 142度22分7.82秒)
| 地図:地理院地図(ズームレベル15) いつもNAVI(ズームレベル13) 参拝当時の地図です。 (最新の地図は所在地欄のリンク先をご覧下さい。)
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HP等
| ・北海道神社庁 北海道の神社 静内神社
| 祭神
| 神武天皇(じんむてんのう)
| 事代主神(ことしろぬしのかみ) 元 郷社 | 北海道神社庁誌には次の様に載ってゐる(1)。
社頭の由緒掲示には次の様に記されてゐる。
雑記
| 日高本線静内駅から北北東へ0.9km、新ひだか町役場から北へ0.2km程の所にある。(なほ、鵡川駅から当駅を経由して終点様似駅までの116kmは平成27年から不通で廃止が濃厚な状況。代行バスが運行されてゐる。) | 下の写真の他に石碑は、 伊勢一郎翁 頌徳碑 昭和十六年に境内地として九段余(0.9ha)を寄附されたといふ。 新ひだか町は、静内町と三石町が平成18年に合併して出来た町で、当地は静内町に属してゐた。この辺りは明治42年までは下下方村だった所で、下下方村(しもげぼう)、上下方村(かみげほう)、中下方村(なかげほう)、遠仏村(とおぶつ)、碧蘂村(るべしべ)、市父村(いちぶ)、幕別村(まくんべつ)、捫別村(もんべつ)、目名村(めな)、農家村(のや)、有良村(うら)、春立村(はるたち)、婦蟹村(ふかに)、佐妻村(さめ)、音江村(おとえ)、遠別村(とおべつ)が合併 して静内村が発足して、大正13年には下下方、中下方、上下方を統合して大字静内村に、昭和6年之町制施行後、昭和9年には大字静内村は再編され御幸町他の町名が付けられた。(2) 地名は、市父:いちぶえ 婦蟹:ふゆに としている例もある。 静内と云へば、軽種馬市場(競馬馬)、シャクシャインの戦ひ(寛文九年(1669))は連想するところだが、当社との縁は判らないので触れない。 |
写 真 (拡大写真は新しいタブ又はウインドウで開きます) |
写真1 拡大 (1280×960) |
写真2 拡大 (1280×960) |
写真3 拡大 (1280×960) 社殿正面 向拝の扁額は「静内神社 北海道知事 町村金五謹書」 |
写真4 拡大 (1280×960) 拝殿内 |
写真5 拡大 (1280×960) 忠魂碑 題字は、町村金五書、碑背には、昭和54年10月18日建立 静内町遺族会 会長南河辰雄、とある。碑の両翼には静内町戦没者名が記されてゐる。314名。 |
写真6 拡大 (960×1280) 社号標 側面には「風雪百年輝く未来」と、背面には「昭和四十三年十二月奉納 (氏名略)」とある。風雪百年輝く未来、この文言は習字の時間か、冬休みの宿題かで書いた記憶がある。今になって知ったが、北海道百年記念事業のテーマとなってゐた句だった。 |
御朱印 拡大 (497×640) |
出典・脚注
改訂記録
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