神社訪問記HP北海道石狩管内 > 当別町

対雁通相馬神社 (北海道〈石狩管内〉当別町対雁)

参拝日 令和元年6月29日(土)
作成日 令和2年8月15日(土)
追記日 令和6年3月19日(火)
よみ  ついしかりどうり そうま じんじゃ  
所在地 〈石狩管内〉当別町対雁38 (43度12分25.16秒 141度31分9.18秒)
 地図:地理院地図(ズームレベル15)
    いつもNAVI(ズームレベル13)  
地図  参拝当時の地図です。 (最新の地図は所在地欄のリンク先をご覧下さい。)
地理院地図、東西 290km×南北 270km の範囲の地図です
・東西290km 南北270km
印:当社位置


地理院地図、東西 1.13km×南北 0.94km の範囲の地図です
・東西 1.13 km × 南北 0.94 km、
印:本殿の位置
HP等  北海道神社庁 北海道の神社 対雁通相馬神社
祭神  天之御中主大神 (あめのみなかぬしのおおかみ)
由緒  北海道神社庁誌には次のやうに載ってゐる(1)
由緒 創立明治四十二年十一月三日。旧当出山藩第三次移民五十戸が明治十二年に入植した。祭神の奉斎は当時馬が最重要な農耕に必要なものであったので豊平の相馬神社より受けたとも言われ一方入植の際に奉持して来たとも言われるが不明である。
合併により合祀された歴史を持つ御祭神 相馬神社 天之御中主大神、相馬神社御分霊明治四十二年九月十二日創祀
雑記  札沼線(学園都市線)石狩当別駅から南へ1.7kmの所にある。当別町役場からは、南へ1.8km。

 住所の地名は「対雁」となってゐるが、かつては「対雁通」だった。他に、樺戸通が樺戸町に、川下通が川下に変ってゐたりする。集落の成立に通りが重視された地域なのだらうと想像する。
 当社とは関係ないが、町名整備事業を実施してゐるやうだが、弥生町・錦町・緑町等の名前を新たに付けてゐるとしたら、外から見ると何処にでもある特徴の無い町名には魅力を感じない。
 尚、対雁とは江別市の元豊平川が石狩川と合流してゐた辺りの地名。当別に対雁があると混乱するのでは?

 江別市の篠津神社で江当鉄道について記してゐたが、江別市の石狩川右岸から来た線路は当社の東側500m程を北へ向ひ樺戸通を越えたところで西へ曲り終点の当別駅に至ってゐた。当別川の左岸側で川を越えてゐなかった。現在の当別大橋辺りが江当鉄道当別駅のあった所。当時は川が大きく蛇行してゐた。

写 真  (拡大写真は新しいタブ又はウインドウで開きます)
社頭
写真1 拡大 (1280×960)

社頭

駒犬は、昭和二十七年九月十一日建立
灯籠は、昭和何年か数字が読取れない。

社殿正面
写真2 拡大 (1280×960)

社殿正面

社殿側面
写真3 拡大 (1280×960)

社殿側面

拝殿内
写真4 拡大 (1280×960)

拝殿内


出典・脚注
  1. 『北海道神社庁誌』北海道神社庁 平成11年 p.271

改訂記録
  • 令和06.03.19 ページ内の配置変更(スマホでの閲覧に配慮)。

文頭へ移動  ホーム(神社訪問記)


inserted by FC2 system