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川西神社 (北海道〈十勝〉帯広市川西町)

参拝日 令和3年5月31日(月)
作成日 令和4年1月15日(土)
改訂日 令和6年2月20日(火)
よみ  かわにし じんじゃ  
所在地 〈十勝管内〉帯広市川西町西一線30-12
  (42度51分40.20秒 143度11分17.43秒)
 地図:地理院地図(ズームレベル15)
    いつもNAVI(ズームレベル13)  
地図  参拝当時の地図です。最新の地図は所在地欄のリンク先をご覧下さい。
地理院地図、東西 290km×南北 270km の範囲の地図です
・東西290km 南北270km
印:当社位置


地理院地図、東西 1.13km×南北 0.94km の範囲の地図です
・東西 1.13 km × 南北 0.94 km、
印:本殿の位置
HP等 ・北海道神社庁 北海道の神社 川西神社
祭神  大國魂大神(おおくにたまのおおかみ)
 大己貴大神(おおなむちのおおかみ)
 少彦名大神(すくなひこなのおおかみ)
由緒  元 村社
 北海道神社庁webには次の様に載ってゐる(1)
由来
当地に入植した村瀬栄松は敬神の念特に厚く明治41年9月崇敬者と協議し、本殿・拝殿・幣殿を建て、大正5年札幌神社(*)より御分霊を拝受鎮斎奉り、大正6年8月17日三柱神社として創立出願し大正7年9月3日附を以て内務大臣より許可された。次いで昭和9年8月28日附を以て社格村社に列せられ、同年8月30日神饌幣帛料供進神社に指定された。昭和10年1月17日社名変更の申請をなし昭和10年2月4日付で川西神社と変更することが許可された。
  *註 札幌神社は、昭和三十九年に明治天皇をお祀りして北海道神宮と改称した。
雑記  最寄駅は根室本線帯広駅で北(9°)へ 6.4kmの所にある。
 大正13年から昭和34年の間は、十勝鉄道戸蔦(とった)線川西駅が当社から南西(232°)へ2.4km(42度50分53.6秒 143度10分1.1秒)のところにあった。昭和7年には西北西へ1.0kmの所に十勝稲田駅が出来た。
 広尾線愛国駅 札内川の東側(右岸)には広尾線(2)が通ってゐて愛国駅が南へ2.7km、北愛国駅が北東へ2.5kmの所にあるが札内川を渡らなければならず道程は長い。

 川西駅の地図上での位置特定は難儀した。昭和22年や昭和34年の航空写真をみても線路や駅の存在が確認できなかったが、大正9年測図、昭和5年部分修正地形図を掲載してゐるweb頁(3)をみて現在の地理院地図での位置を求められた。解像度が低く白黒画像、単線非電化で盛土・切通し無しで道路との判別が容易ではない。

 参拝時、社報第22号(令和2年11月23日)を戴いた。これによると
  • 例祭 春季例祭 4月14・15日
       秋期例祭 9月2・3・4日
  • 月並祭     毎月一日
  • 兼務社  上帯廣神社(上帯広町)、清川神社(清川町)、更別神社(更別村)、廣野神社(広野町)
  • 奉仕神社 更南神社(更別村)、昭和神社(更別村)、勢雄神社(更別村)、太平神社(太平町)、中更別神社(更別村)、富士神社(富士町)、別府神社(別府町)、基松神社(基松町)、八千代神社(八千代町) 註:更別村以外は帯広市の川西町域の町名

 写真には写ってゐないが、灯籠が三対ある。一つは昭和拾弐年九月建之とあり、一つは昭和五年九月と彫られてゐる。共に札幌軟石と思はれる石が使はれてゐる。

 当地は札内川の西側(左岸)にある。地名の由来である。
 ・大正13年(1924)、当時の大正村から大字上帯広村の全部と大字売買(うりかり)村の一部が分村して川西村成立。444平方km。
 ・昭和32年(1957)帯広市に編入。

写 真  (拡大写真は新しいタブ又はウインドウで開きます)
写真1
写真1 拡大 (1280×960)

鳥居は、「昭和八年八月」と年記がある。

社号標は「昭和十年二月建之」「下川西氏子一同」とある。

写真2
写真2 拡大 (1280×960)

社殿正面

狛犬は寄附人の名とともに「昭和五年九月建之」とある。

写真3
写真3 拡大 (1280×960)

社殿側面

写真左側の境内社は写真5に掲載

写真4
写真4 拡大 (1280×960)

御本殿

写真5
写真5 拡大 (1280×960)

境内社

写真6
写真6 拡大 (1280×960)

手水舎

手動のポンプは今時珍しい。地下水には鉄分が含まれてゐるのか、鉢内が赤茶になってゐる。

写真7
写真7 拡大 (1280×960)

社務所

御朱印
御朱印 拡大 (1280×960)




出典・脚注
  1. 令和4年1月11日閲覧 北海道神社庁 北海道の神社 川西神社
  2. 広尾線  かつて帯広から広尾へ通じてゐた84kmの路線。昭和4年に中札内駅(帯広から28.1km)まで開業、昭和5年に大樹(60.6km)まで開業、昭和7年に広尾(84.0km)まで開業。手持の時刻表(昭和50年10月)では一日6往復運転で、上り始発822Dは広尾発は5時45分・愛国発7時31分・帯広着7時46分、表定速度 41.6km/h だった。国鉄分割民営化直前の昭和62年2月に廃止された。(日本鉄道旅行地図帳1北海道(株)新潮社平成20年5月、ウィキペディア広尾線、時刻表 日本交通公社 昭和50年10月号 に基づく)
  3. 令和4年1月11日閲覧 藻岩颪に豊川の流れ。川西神社 べえべえ さん 2019-05-04

改訂記録
  • 令和06.02.20 ページ内の配置変更(スマホでの閲覧に配慮)。

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