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別雷皇大神(茨城県水戸市元山町)

作成日 平成29年4月22日
よみ  べつらいこうたいじん 地理院地図
参拝日  平成28年8月7日(日)
所在地  水戸市元山町1-1-57 (北緯36度22分44.78秒 東経140度27分25.87秒)
 地図:地理院地図  いつもNAVI
HP  
祭神  別雷命 (わけいかずちのみこと)
由緒  旧村社
 神亀元年(724)に、常陸守の藤原宇合(ふじわらのうまかい)が勅命で蝦夷征討に向ふ際、東北地方鎮護の神として京都より賀茂別雷神社の御分祀を祀ったのが始まりとされてゐるといふ。「水戸の雷神さま」とも呼ばれる。 昭和二十年八月の空襲で社殿・社宝・資料の全てを焼失してゐる。
雑記  常磐線水戸駅から西北西へ1.9kmの所にある。偕楽園駅(臨時駅)から北へ0.7kmで近いが梅祭り時期のみのしか停車しない。

 水戸空襲は、総務省の水戸市における戦災の状況 [1] によれば、昭和二十年八月二日「午前0時31分に空爆を開始し、同2時16分の終了まで約1時間45分続いた」、「『水戸市事務報告書 昭和20年度』には,罹災戸数1万104戸,罹災人員5万605人,死者242人,重傷者144人,軽傷者1149人と記されている。このうち罹災戸数は全市戸数の約90%に,罹災人員は全市人口の約80%に当たる。この空襲により水戸市のほとんどが焦土と化し」た。「アメリカ軍の『戦術飛行作戦報告書』によると、水戸は『常磐線の主要なサービスセンターで、その都市部は隣接する非常に重要な日立工場のための労働力供給源であり、また下請けの中心』であったからと記されている」といふ。
 工場に限らず人を狙った空襲だった。これは東京大空襲(三月十日)でもさうだったやうに、水戸に限った事ではないのだらう。同日、富山諏訪社の雑記で触れてゐた)・八王子・長岡でも空襲を受けた。
 

写真




境内社 淡島神社

境内社 電気神社

境内社 聖徳養蠶神社





脚注
  1.  平成29年4月16日閲覧 総務省水戸市における戦災の状況


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