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三芳野神社(埼玉県川越郭町)

作成日 平成29年6月4日
よみ  みよしの じんじゃ 地理院地図
参拝日  平成28年9月3日(土)
所在地  川越市郭町(くるわまち)2-25-11 (北緯35度55分27.35秒 東経139度29分32.72秒)
 地図:地理院地図  いつもNAVI
HP等  埼玉県神社庁 三芳野神社  Wikipedia:三芳野神社  当社HP
祭神  素盞烏尊
 奇稲田姫命
 菅原道真
 誉田別尊
由緒  旧県社。
 市教育委員会による掲示板には次のやうにある。
三芳野神社  (市指定 史跡)

 三芳野神社は、平安時代の初期に成立したと伝えられ、川越城内の天神曲輪に建てられている。この為、「お城の天神さま」として親しまれている。この天神さまにお参りするには、川越城の南大手門より入り、田郭門をとおり、富士見櫓を左手に見、さらに天神門をくぐり、東に向う小道をとおってお参りしていた。
 この細い参道が、童唄「通りゃんせ」の歌詞の発生の地であるといわれ、現在でも静かな環境を保持しており、伝説の豊かな地である。
 なお、参道は、江戸時代より若干変化している。
 平成十一年三月
川越市教育委員会

 社頭の社号標裏面の碑文には次のやうにある。

  三芳野神社は平城天王の大同二年(紀元807)に祭神は当初素盞鳴尊奇稲田姫命を奉斎し中世に菅原道真を明治二年に城内宇佐八幡宮を合祀された 神体は正平二十四年新田泰氏が三芳野に出陣の折戦勝祈願に奉献した赤銅の五本骨の開扇を神爾として祀る 室町期を代表する文部省指定重要美術品である
 三芳野の里とは川越一帯の称で初雁の名所としてこの地を訪れたという在原業平の歌が伊勢物語に伝えられている
 長禄元年川越城築城と共に城の守護神として社殿を修復管理 天正十九年徳川家康は社領二十石を寄進 徳川家光も来城神鏡三面を寄進し城主酒井忠勝に社殿の造替を命じ寛永二年天海僧正を導師として遷宮に奉仕 その後代々の将軍により修覆がなされ宝物の奉納あり幕府直営の神社となる 昭和二十年県指定文化財となり今日に至る 爾来郷土の守護学問の神として崇敬が厚い
 昭和六十一年三月川越初雁ライオンズクラブ
雑記  川越線川越駅から北北東へ2.0kmの初雁公園内にある。
 社殿は工事中だった。平成四年に第一期修復工事が竣工し、平成二十七年から第二期修復工事が行はれてをり、今工事に当って大楠は切られたとのこと。童歌「とうりゃんせ」は当社へ参詣の際は城内に入るため、帰りの参詣客は厳しく調べられたことから、城内の子女の間で唄はれたのがはじまりといふ。

写真



社殿は工事中



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