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三島神社(神奈川県厚木市岡田)

作成日 平成21年6月7日
追記日 平成28日4月17日
よみ  みしま じんじゃ 地理院地図
参拝日  平成20年11月7日(金)
所在地  厚木市岡田4-19-5 (北緯35度25分26秒、東経139度22分6秒)
 地図:地理院地図  いつもNAVI
HP  神奈川県神社庁 神社詳細 三島神社
祭神  事代主命 ( ことしろぬしのみこと )
由緒   元禄4年(1691年)の銘のある鐘があったが大東亜戦争で供出、その鐘には伊豆の三島神社を勧請したとかかれていたといふ。 扁額は、この地の領主だった烏山藩主大久保佐渡守忠成書。岡田村の総鎮守。村社。
境内社に、水神社、坊西稲荷、他がある。

境内社に「坊西(ぼうにし)稲荷」があり、由緒は石碑記依ると、
 この稲荷大明神は、享和三年に岡田坊西地区に建立され、昭和二年に岡田境田百二番地に通称「坊西稲荷」として保存され、地域の人々に信仰されていたものであります。昭和六十年に区画整理事業により三嶋神社系ぢに保存を願い老朽化のため再建したものであります
奉納 厚木インター南部土地区画整理組合
    平成歩年二月吉日
雑記  丁目は違ふとはいへ勤め先と同じ岡田にある神社だが、神社をたづね始めるまで存在を知らなかった。 境内の碑には、関東大震災で社殿が倒壊し復興した旨記されてゐる(昭和二年十一月起工、昭和三年四月落成)。
 平成21年4月になると神社から少し離れたところだが、岡田の地にお祭りを知らせる立て札が立てられてゐた。主な催しはカラオケ。 神事は行はれたのか定かではない。
 
追記(H28.4.17) 小田急線本厚木駅から南へ1.3kmの所にある。すぐ南側には東名高速道路が東西に通ってゐる。圏央道に係る車線増設工事があったが、関連してお社前の道路拡幅が僅かながら行はれた。
二つの石碑があり、それぞれ次の様。
(新しい碑)
 幟竿、幟、玉垣は市道整備改修工事により境内一部譲渡資金をもって完成
  平成廿三年三月吉日

(古い碑)
 三島神社の玉垣は部落共有金三十七萬二千圓也と氏子一同の奉仕により完成したもの也
 昭和三十五年八月吉日

また、「復興記念」の石碑があり次の様に刻まれてゐる。
噫維持大正十二年九月一日午前十一時五十八分前古来未曾有の大地震 ハ突如關東ノ天地ヲ震撼シ十萬ノ人命ヲ奪ヒ數十萬ノ家屋ヲ摧キ且 巨億ノ物資ヲ灰燼ニ歸セシム當字亦災厄ヲ免ルル能ハス家屋悉ク潰 滅シ慘状言語ニ絶ス時也哉サシモ質實堅牢ヲ誇リシ當三嶋神社ノ社 殿モ亦倒潰シ昔日ノ観無キニ至リ又歳閲五星霜偶々社殿復興ノ議起ル ヤ氏子喜ヒ勇ミテ寄進シ昭和二年十一月二十三日起工同三年四月十 八日目出度落成ス依テ同日遷宮ノ盛典ヲ擧ク社殿ハ規模宏大堂々舊 ニ傍シ神厳ノ氣漲ル斯シテ神霊ヲ安ンスルヲ得タリ是全ク氏子一同 ノ赤誠虔祷以テ子孫鎮守ノ神祐ヲ恭承センコトヲ望ム外ナラス茲 ニ再建ノ由縁ヲ記シテ永ク後世ニ傳フ  横山直○選文

關:関 萬:万 數:数 摧キ:くだき 燼:尽 歸:帰 當:当 慘:惨 實:実 擧:挙 舊:旧 氣:気 傳:伝
 
鐘があるが、再建にあたっての言葉が、その鐘に記されてゐる。(正字は現在使用の字体に代えた)
相州中郡岡田三島神社釣鐘再建 由来
元禄四龍次未仲冬十五日願主細野氏久右衛門善重篤神尓依利 奉献世羅礼冶師波当時荻野村在住木村五郎右衛門正重乃手完成寸
爾来氏子諸賢乃霊魂鐘登志弖聞鐘為日乃善鐘登志天信仰心涵養尓寄進世志賀大東亜戦争勃発尓与里其尓弖 邦国昭和十七年十一月也
戦乱治里弖人心安静寸畄尓総代各位無論 氏子一同挙介弖再建乃議折々世志賀容易実現畄尓 昭和廿五年一月廿五日境内地無償譲与次弖昭和廿八年十月一日宗教法人法規定 認証並登記完了茲 新法規代表役員責任役員総代等任命佐礼一大革新一段落登波奈礼利
此乃吉年役員総代氏子各位乃議急速進展遂礼賀完遂志波慶賀江寸
爾后岡田三島乃宮森尓永遠善心乃導幾登志弖其鐘鳴乎報寸畄尓礼畄波 此誠氏子各位乃宗教的思想涵養平和乃警鐘登志天其稗益乃多加畄辺幾乎衷心与利祈念
  宮司武田水穂謹白
昭和二十九年三月吉日
相川村岡田
  氏子一同
(左の一部をひらがなに置き換えた)
相州中郡岡田三島神社釣鐘再建 由来
此の鐘は元禄四龍次辛未仲冬十五日願主細野氏久右衛門善重の篤神により奉献せられ冶師は当時荻野村に在住の木村五郎右衛門正重の手により完成す
爾来氏子諸賢の霊魂鐘として聞鐘為日の善鐘として信仰心涵養に寄進せしが大東亜戦争勃発により其の条の命にて邦国に捧ぐ時に昭和十七年十一月也
戦乱治りて人心安静に帰するに従ひ総代各位は無論 氏子一同挙介て再建の議折々に構世しが容易に実現を見るに 昭和廿五年一月廿五日境内地無償譲与して昭和廿八年十月一日宗教法人法規定に依る認証並に登記も完了 茲に新法規に依る代表役員責任役員総代等任命され一大革新も一段落とはなれり
此の吉年に役員総代氏子各位の議も急速に進展遂に此れが完遂を見しは誠に慶賀に絶えず
爾后岡田三島の宮森に永遠に善心の導きとして其鐘鳴を報するに至れるは 此誠に氏子各位の宗教的思想涵養と共に平和の警鐘として其稗益の多かるべきを衷心より祈念す
宮司武田水穂謹白
以下略
元の鐘には、雨乞ひ祈願のため伊豆国三島神社を勧請したといふ創建由来が刻まれてゐたといふ。

岡田 三島神社
平成20年11月7日撮影
岡田 三島神社
平成20年4月3日撮影
岡田 三島神社 お祭り
平成21年4月18日撮影
お祭り。露店も出てゐる。
岡田 三島神社 お祭り
平成21年4月18日撮影
坊西稲荷
平成21年4月3日撮影
坊西(ぼうにし)稲荷
扁額
文政四年(1821)烏山藩主大久保佐渡守忠成書といふ  

・28.04.17 境内にある碑文・鐘に刻まれた鐘の経緯・扁額写真・地図を追記


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