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日枝神社(神奈川県平塚市中原)

作成日 平成28年12月25日
よみ  ひえじんじゃ 地理院地図
参拝日  平成28年5月21日(土)
所在地  平塚市中原3-20-16 (北緯35度20分56.98秒 東経139度19分54.21秒)
 地図:地理院地図  いつもNAVI
HP  神奈川県神社庁 神社詳細 日枝神社
祭神  大山咋命 ( おおやまくいのみこと )
由緒  境内の掲示には次のやうに記されてゐる。
日枝神社御由緒

祭神  大山咋命
    徳川家康
日枝神社は昔は山王社と言われた。文禄年間徳川家康公が鷹野の遊殿を中原に建築の際当社は御殿の鬼門に当るので方除鎮護のため再三にわたり修営されてきた。寛永十七年十二月(1640年)に御社を現在の地に遷座された。
徳川家代々の崇敬の厚いお社であった。
明治四十二年二月三日雑社東照宮を合祀した。
境内地八百九拾坪 現在の社殿は昭和三十七年十月改築した。
境内社 八坂神社 祭神 素盞鳴命
    稲荷神社 祭神 宇迦御魂命
    神明社  祭神 天照皇大神
祭典行事
 一月一日   元旦祭
 二月節分の日 節分祭
 二月十三日  祈年祭
 四月十七日  東照権現祭
 九月十五日  例祭
(以下略)

新編相模風土記稿巻之48の中原上宿、中原下宿の条には次のやうに載ってゐる。( )内は割注。
山王社 上宿ニアリ。両宿ノ鎮守ナリ。弊殿拝殿等アリ。神体束帯像(長三尺)。又山王二十一社の種字ヲ書セル木札アリ。(裏書曰、以下約180字略)本地仏薬師(行基作。神体ノ胎中ニ置秘仏ナリ)。古ハ字御殿後ニ在(今モ旧地ニ石ノ小祠ヲ置。元山王ト称ス。神木アリ。其地モ当社除地ノ内ニテ、別当得願寺進退ス)。寛永十七年十二月、当所御殿(慶長元年、御造営ト云伝フ)ノ鬼門鎮護ノ為、今ノ地ニ遷サレシト云(按ズルニ、前ニ註記セシ木札裏ニ拠レバ、僧朴捻願ヒテ爰ニ移セシナリ)。祭礼六月十五日(隔年ニ十四日、神輿宿中ヲ巡行シテ元山王ノ假屋ニ止リ、明クル十五日午時帰座)
鐘楼 鐘ハ慶安四年鋳造ス。銘アリ。
松樹 神木ナリ(二囲半)
末社 天満宮 稲荷 疱瘡神 天王
寮 弥陀ヲ置
別当得願寺 (中略)開山朴捻聖応(卒年詳ナラズ。本社ニ木札ヲ納メシ僧ナリ)(中略)
雑記  東海道線平塚駅から北北西へ2.8kmの所にある。御殿跡地にあるといふ中原小学校からは北ないし北北東へ0.5kmの所にある。
 境内には、平成十五年の鐘楼改修時に柱の礎石として使用されてゐた得願寺の礎石が説明付で置かれてゐる。得願寺は神仏分離のため廃寺となってゐる。
 慶安四年(1651)の鐘は大東亜戦争時に供出され、現在は昭和三十七年のものが掛ってゐる。
 忠魂碑、慰霊碑がある。


鳥居辺りから望遠で撮影

右端に東照宮の鳥居(平成二十一年に再建)の一部が見える

昭和四年奉納

東照大権現(平成二年新築)

くすのき


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