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三嶋神社(神奈川県大井町上大井上大井)

作成日 平成26年6月16日
よみ  みしまじんじゃ
参拝日  平成26年5月25日(日)
所在地  大井町上大井331 (北緯35.320097 東経139.160839)
 地図:地理院地図  いつもNAVI
HP  神奈川県神社庁 神社詳細 三嶋神社
 HP
祭神  大山祇神 ( おおやまつみのかみ )
 事代主神 ( ことしろぬしのかみ )
 伊古那比売命 ( いこなひめのみこと )
 大山咋神 ( おおやまくいのかみ )
 伊耶那岐神 ( いざなぎのかみ )
 弟橘媛命 ( おとたちばなひめのみこと )
 白山媛命 ( しらやまひめのみこと )
 菅原道真 ( すがわらみちざね )
由緒  玉垣建設の祈念碑に刻まれてゐる文はつぎのやう、

 当神社は鎌倉幕府を創設せる征夷大将軍源頼朝の勧請による神社にして往古より大井の宮と称えられ関東管領たりし足利氏を始めとし 小田原北條大久保氏等の武将の信仰厚く明治初年には郷社の社格と幣帛料供進の待遇を蒙り昭和四十三年一月神奈川県神社庁より遣幣使参の 神社と指定さる
 かく由緒深く且他に誇るに足る広き神域を有しながらも四囲に区画施設無きため神域の損い行くを嘆くもの多きに鑑み氏子総代区長自治会長等 発起人となり氏子崇敬者より資金を募り玉垣を建設し以っ神徳に報いんとせり
 かくして、昨年十二月一日工を起したるも今やここに竣工の時を迎え神域整然となり美観加はり面目一新して神域大いに高まれり  これ一に氏子崇敬者並に特別寄付者の信仰の念深さを建設委員の熱意に依るものにして神社創立八百年に当り洵に意義深き記念事業と言うべし
三島神社宮司 加藤恭兄
昭和四十八年四月二日竣工


社殿建設寄付金姓名碑の裏面に次のやうに刻まれてゐる
○○神社ハ遠ク人皇ノ十二代二条天皇ノ御宇元暦元年右大将源頼 朝公所領成就ノ報○トシテ創建セラレ爾来鎌倉管領足利基氏足利持 氏等社領寄進アリ尋テ小田原北條家ニハ祈願所トシテ崇敬殊ニ厚カ リシハ神社所有のノ古書に徴シテ暸カナリ然リ而シテ文元二年字内某 家ノ火災延焼シテ社殿全部及末社等烏有ニ帰セリ是ヲ以テ延享二年 十一月再建セリ然○○雖拝殿幣殿ハ悪材組造堕テ雨露虫害不朽セリ 故ニ社○氏子惣代等年来是カ改築ヲ企図セシト雖或ハ年豊カナラザル 有リ或ハ耕地ノ水害ヲ蒙ル有リテ終ニ荏○数年ヲ経過セリ時ニ去ル 明治四十二年年豊ニシテ民力ニ余裕アリシト神饌幣帛料供進神社ニ指 定セラレシヲ好機トシ其翌年八月氏子協議会ヲ開キシニ委皆一致賛 成セリ是ニ於テ氏子毎戸ニ応分ノ寄附ヲ為サシメタルモ尚不足アル ヲ案ジ県下其他ノ有ノ有志者ノ寄付金ヲ合セ遂ニ大正元年二月起工シ同 年十月○成スルヲ得タ依テ其由縁の梗概ヲ記シ併セテ表面ニ金額 姓名ヲ彫刻シ以テ永遠ニ伝ふルト云爾
  維持大正四年十一月吉○建設之
雑記  今日は、自分としては早い出発で、9:15発の電車に乗車。上大井駅には10:04着。 13000歩歩いて五社訪れた。

 最初に訪れた当社は、御殿場線上大井駅から南西へ400m。
 神奈川県指定重要文化財の「木像 薬師如来坐像」がある。大井明神あるひは大井宮とよばれてゐた 当社の本地仏といふ。
 境内社には、嚴島神社のほか、金比羅社、ともう一社ある。
 嚴島神社再建の記の石碑があるが、上部が欠けたみえ文章がつながらない。源頼朝の夫人政子所願成就により 勧請の神社で、百五十年前の元文三年十二月に焼失し神宝を本社に移し奉った。故にこの神社があることを 知られなくなり、それを憂ひ、氏子近傍有志の寄附を受け再建した、旨しるされてゐる。 裏面には「治十五年四月」の文字がある。 上部は欠損してゐるが、明治だらう。
元文三年を1738年とすると、150年後は1888年、明治22年といふことになる。


平成26年5月25日撮影 木が茂って、社号標も半分隠れてゐる。 神奈川の名木100選の「上大井の三嶋神社のムクノキ」がある。

平成26年5月25日撮影

平成26年5月25日撮影

平成26年5月25日撮影 嚴島神社


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