神社訪問記HP神奈川県山北町

鷲鷹神社 (神奈川県山北町向原)

参拝日 令和3年4月28日(水)
作成日 令和3年11月6日(土)
改訂日 令和6年2月23日(金)
 
よみ  わしたかじんじゃ  
所在地  山北町向原1450
  (35度21分59.42秒 139度6分5.47秒)
 地図:地理院地図(ズームレベル15)
    ゼンリン(ズームレベル13)  
地図  参拝当時の地図です。(最新の地図は所在地欄のリンク先をご覧下さい。)
地理院地図、東西 59km×南北 55km の範囲の地図です
・東西59km 南北55km
印:当社位置


地理院地図、東西 1.13km×南北 0.94km の範囲の地図です
・東西 1.13 km × 南北 0.94 km、
印:本殿の位置
HP等  ─
祭神   不詳
由緒  境内に由緒の掲示等は無かった。

 新編相模国風土記稿(天保12年)には次の様に社名のみが載ってゐる(1)
鷲鷹権現社
雑記  御殿場線山北駅から東北東へ2.0kmの所にある。当社から南西へ0.2kmほどの所に鷲鷹集会所(尺里(ひさり)東鷲鷹集会所)があり、東名高速道路の下を通って行き来が出来る。

 全くの推測だが、東名高速道路建設に当ってこの地に遷座し、境内地はコンクリートを張るなど整備したのだらう。東名全通が昭和44年なので50年以上前のことになる。
 建設中の新東名は秦野ICと御殿場ICの間が建設中で2023年度開通予定となってゐる。

 富士宮市猪之頭鎮座の「曽我八幡宮は、鷲鷹八幡宮ともいわれ、曽我兄弟が討たれると鷲鷹がやってきて兄弟の大事な臓腑をくわえて飛び去り、ここに葬ったと伝えている」(2) 

写 真  (拡大写真は新しいタブ又はウインドウで開きます)
写真1
写真1 拡大 (1280×960)

 参道の階段は通行止になってゐる。
境内へは、社殿の背後から通ってこれる。(写真4・8参照)

写真2
写真2 拡大 (1280×960)

鳥居と社殿

写真3
写真3 拡大 (1280×960)

社殿正面

写真4
写真4 拡大 (1280×960)

社殿後方に通路がある。

境内地の高さは東名の路面と近い。

社地と東名の間は道路があり、道路の法面の上に細長い構造物が造られてゐる。表示はなかったが、新東名の建設に関わる排土を運ぶベルトコンベヤーと思った。

写真5
写真5 拡大 (1280×960)

社殿(覆屋)内の御本殿。

写真6
写真6 拡大 (1280×960)

境内社、鷲鷹稲荷神社

 
写真7
写真7 拡大 (1280×960)

石像物
写真手前は庚申塔だらうか。天保五年甲午九月吉日の年記がある。

写真8
写真8 拡大 (1280×960)

社殿背後から撮影


出典・脚注
  1. 『新編相模国風土記稿』 巻之十六 川村向原村の条 (同書は天保12年(1841)完成。鳥跡蟹行社刊(明17-21)の活字翻刻本を引用。漢字は現在当用の字体に置換へた)
  2. 令和3年11月2日閲覧 富士宮市 1.曽我八幡宮(猪之頭)

改訂記録
  • 令和06.02.23 ページ内の配置変更(スマホでの閲覧に配慮)。神社庁web神社情報のリンク修正。白地図の誤記修正(誤:東西290km×南北270km 正:東西59km 南北55km)

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