由緒
元 村社
社殿前に設置の由緒掲示には次の様に記されてゐる。
杉山神社由緒
鎮座地 横浜市神奈川区片倉町四五九
御祭神 大物主命 別名大国主命
御創建の年代は不詳であるが往昔、同封内(このむらうち)、元宮という所に遷したと伝えられる。
往古より片倉村の鎮守として崇敬せられていた。明治以前は浄遠寺(じょうおんじ)が別当を兼ねていたが、神仏分離の後、明治六年村社に列せられ大正十四年神饌幣帛料供進社に指定せられた。
神奈川町熊野神社神職が宮司を兼務している。戦後は宗教法人として境内三百坪、社殿(神奈川区浜町にあった諏訪神社の旧社殿を移す) 神楽殿、社務所、等を有し、近時、都市化のため人口が急激に増加し、崇敬浅からず。
昭和三十三年九月 社殿御屋根葺替
昭和四十四年九月 社務所を新築
平成 三 年九月 社殿、神楽殿、手水舎等を新築、遷座祭を執行した。
年中祭祀
元旦祭・春祭・大祭・秋祭・七五三・祝祭
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『神奈川県神社誌』(昭和57年)には次の様に載ってゐる(1)。
由緒沿革 口碑によれば、往昔元宮辺にあったものをいつの頃か今の地に遷座したといわれ、長遠寺が別当であった。明治六年村社に列せられ、大正十四年神饌幣帛料供進社に指定された。昭和三十三年九月社殿御屋根葺替、同四十四年九月社務所を新築す。
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註 元宮:もとみや 『新編武蔵風土記稿』(1)には「村ノ北寄ヲ云」とある
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『新編武蔵風土記稿』(文政13年(1830)成立)には次の様に載ってゐる(1)。
杉山社 (村ノ東字庚塚ト云小高キ所ニタテリ小祠ニテ西向ナリ覆屋ヲ設ク前ニ石ノ鳥居ヲ建コレモ西向ナリ例祭年々六月十五日) 別当浄遠寺 (社地ノ北ニ隣レリ日蓮宗ナリ房州小湊誕生寺末神光山ト号ス 中略 寺地ハ字元宮ト云所ニアリシカ年代知ラス日祐トイヘル僧住職ノ時此地ニ移シ再建セリ 以下略)
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| 雑記
| 最寄駅は横浜市営地下鉄片倉町駅で、当社から西へ100m余の所にある。昭和60年に開業したが、それまでは北北東2.0kmに横浜線新横浜駅(昭和39年開業、横浜線は明治41年開業)、西へ1.8kmに東横線白楽駅(大正15年開業)がある。
江戸末期の片倉村は、明治22年の町村制施行で岸根村・小机村・下菅田村・羽沢村・三枚橋村・鳥山村・六角橋村・神代寺村と合併して小机村となり、明治35年に城郷(しろさと)村に改称、昭和2年に横浜市に編集された。(3)
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