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八坂大神 (横浜市戸塚区東俣野町)

参拝日 令和4年3月16日(水)
作成日 令和4年12月25日(日)
追記日 令和6年2月7日(水)
よみ  やさかおおかみ
概要  当社(八坂大神)は横浜市戸塚区東俣野に鎮座する。享保十八年(1733)の創建。明治六年、村社に指定。昭和61に社殿を改築した。  
所在地  横浜市戸塚区東俣野町1637
  (35度22分18.81秒 139度29分43.66秒)
 地図:地理院地図(ズームレベル15)
    マピオン(ズームレベル15)  
地図  参拝当時の地図です。最新の地図は所在地欄のリンク先をご覧下さい。
地理院地図、東西 59km×南北 55km の範囲の地図です
・東西59km 南北55km
印:当社位置


地理院地図、東西 1.13km×南北 0.94km の範囲の地図です
・東西 1.13 km × 南北 0.94 km、
印:本殿の位置
    
HP等  神奈川県神社庁 神社情報 八坂大神
祭神  素戔嗚命 (すさのおのみこと)
由緒  元 村社
 境内に由緒等の掲示はなかった。

 『神奈川県神社誌』(昭和57年)には次の様に載ってゐる(1)
由緒沿革 享保十八年(一七三三)の創建。寛政七年三月社殿造営、文政三年に覆殿修造のことがあった。明治六年村社に列している。現社殿は明治十三年四月氏子中にて改築したものである。
 註 神奈川県神社庁webによると「昭和61年氏子中にて再度改築し現在に至る。」とある。(2)

 『新編相模国風土記稿』には記載は確認出来なかった。
雑記  最寄駅は小田急江ノ島線善行駅で、当社から南西(212度)へ2.3kmの所にある。他には、同線六会日大前駅が当社から北西(301度)へ2.6km、戸塚区役所が隣接する東海道線戸塚駅は北東(48度)へ4.7kmの所にある。


 鳥居の近くには碑が立てられてゐる(写真1参照)。碑は三基で、
  (1)「東俣野町道路改修工事協力者」碑、
  (2)「道路改修記念碑」、
  (3)「鎌倉街道西の道」掲示板で、内容は次の様。

(1)「東俣野町道路改修工事協力者」碑
  約110の氏名が彫られてゐる。碑背には「工事概要」が記されてゐる。
   南北縦貫道
宇田川堰より東海道○○に至る延長弐千百米 幅員五米 旧道参○七米
昭和弐拾五年弐月起工 昭和弐拾六年五月竣工
(中略)
   北部農道
東海道不動尊より栗山を経て戸ノ久保に至る延長四百米 幅員四米 新道
(中略)
   南部農道
東俣野町六拾六番地先より立石橋に至る 延長五百五拾米 幅員四米
昭和弐拾八年壱月起工 同年五月竣工
(中略)
   中央農道
東海道より東西橋に至る 延長九百八拾米 内新設道参壱百五拾 幅員五米
昭和参拾弐年弐月起工 昭和参拾弐年六月竣工
(中略)
昭和三十三年五月二十一日横浜開港百年記念式典に於て功績を讃えられ市長より表彰さる
(委員長他諸役職者氏名略)
(2)「道路改修記念碑」
昭和二十三年五月挙町相図り戸塚区東俣野町農道感染の改修を企画してより十余年町民自らの労力と横浜市の補助により延長四粁に及ふ道路の完成をみた 今はるかに往時を偲ふとき感慨詢に深いものかある茲にその改修を祝い愈々町の隆昌を祈念する  昭和三十五年九月一日 横浜市長 半井清 撰書
(3)「鎌倉街道西の道」掲示板
鎌倉街道西の道
鎌倉街道西の道とも上の道とも言われるこの道は、鎌倉と地方を結ぶ重要街道の一つで新田軍が鎌倉攻略に進撃したのはこの道と伝えられ>、歴史ある古道である。
 元弘三年(一三三三)五月八日新田義貞は上州新田庄の生品神社の境内で鎌倉幕府討伐のため挙兵した。はじめは其の数わずか百五十騎だったが呼応する者が激増し、小手指原 (所沢)、分倍河原(府中市)で幕府の大軍を撃破、さらに村岡(藤沢市) 洲崎(大船)で大勝し、鎌倉の包囲網に成功した。
 新田軍はついに稲村ヶ崎、極楽寺、化粧坂、巨袋、亀ヶ谷の各方面から鎌倉市中に突入し北条高時ら一族門葉八百七十余人が東勝寺で岳火の中に自刃、鎌倉幕府は滅亡した。
 ときに五月二十二日、源頼朝が鎌倉入りしてから百五十三年目のこ(ママ)である。
 平成二年十月吉日
 大正地区歴史散歩の会、十周年記念建碑


 写真4で触れたが、「八坂神社」と通称されてゐるやうだ。

 本日は当社の参拝で終了。11社と多くの神社を巡れた。

写 真  (拡大写真は新しいタブ又はウインドウで開きます)
写真1 写真1 拡大 (1280×960)
 鳥居
 柱に「弘化」の文字が読取れる。
 社殿は140m程先にある。
 堅牢地神塔(一基)・庚申塔(三基)・不明(一基)がある。畑地のすみかも知れない。

写真2 写真2 拡大 (1280×960)
 鳥居の先には下り坂の道路があり、社殿が見えてきた。

写真3 写真3 拡大 (1280×960)
 境内入口から撮影

写真4 写真4 拡大 (1280×960)
 社殿正面
 社号標は平成元年建立で「八坂神社」と表記、向拝の扁額も「八坂神社」

写真5 写真5 拡大 (1280×960)
 社殿正面
 向って右側に境内社と庚申塔等の石像物がある(写真6)。
 左手には藏がある。
 輪切にした板がおかれてゐる。100本ほどの年輪が数へられてゐる。御神木だったのだらうか。

写真6 写真6 拡大 (1280×960)
 境内社と庚申塔等の石像物

写真7 写真7 拡大 (1280×960)
 拝殿前から鳥居方(140m先、見えない)を望む
 手水石には「奉納 日露戦役 凱旋記念」「明治四拾歳三月吉日建之」とある。
 狛犬は三対ある。社殿から遠い所から建立年は、昭和五十四年、昭和五拾六年、不詳。
 灯籠は大正村との表記があるので大正4年から昭和14年の間に奉納されたとみられる。(東俣野村は明治22年に合併して俣野村、その後他村と合併し大正村の一部となった)


出典・脚注
  1. 『神奈川県神社誌』神奈川県神社庁編 昭和57年(1982) p.86
  2. 令和4年12月22日閲覧 神奈川県神社庁 神社詳細 八坂大神

改訂記録
  • 令和06.02.07 ページ内の配置変更(スマホでの閲覧に配慮)。神社庁web神社情報のリンク修正。概要欄作成と記入。

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