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作成日 平成28年3月20日 |
よみ | すわしゃ | ||
参拝日 | 平成26年11月22日(土) | ||
富山市諏訪川原1丁目 (北緯36度41分34.21秒 東経137度12分23.93秒)
地図:地理院地図 いつもNAVI | |||
HP | |||
祭神 | 武御名方命
玉姫稲荷神 | ||
由緒 |
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雑記 | JR北陸本線富山駅から南南西へ1.1kmの所にある。富山地方鉄道市内線の諏訪川原駅は、50mも離れてゐない。
西400mには神通川右岸堤防がある。東側300mには富山城址公園がある。こちらには郷土博物館がある。なお、神通川の元の本流であった松川が、
西から北側へ蛇行してをり、北側の右岸堤防には150m程の近さとなってゐる。
南側を東西に通る道路に面して大きな鳥居があり、社号標が諏訪社と富山県神社庁の二本が立ってゐる。鳥居と社殿の間には池があり、弁財天社と思ってしまった。 池には「亀の池」と表示されてゐた。 高岡市護国神社をあとに、高岡駅11時48分発の電車に乗り、18.8km、所要19分、富山駅着。普通列車ながらこの区間の表定速度59km/hと東京近郊ではあり得ない速さ。 富山駅では、16時56分に発車する「はくたか21号」の指定券を購入し、市内神社巡りに出発。富山地方鉄道の市内電車に乗り諏訪川原で下車。 電車は、鳥居の前を過ぎて駅に停車したので神社の位置は一目瞭然。もっとも、道路横断のため信号機のあるところまで大回りさせられたが。 富山県神社廳は、昭和28年に諏訪社隣接地を購入し昭和30年に庁舎建設、平成3年に新庁舎竣工し、平成4年宗教法人化といふ。 この地に移るまでは高岡市内に在ったといふ。その理由が富山市が戦災地だからとのこと。 全国至る所に戦災を蒙ったので、さほど気にとめなかったが、わざわざ断るほどの事なのかと調べたら、ひどいことになってゐた。 富山大空襲(Wik参照)が昭和20年8月1日から2日に かけて行はれ、市街地の99.5%が焼失したといふ。死者は2737名、人口比で地方空襲の中で最多。市街地周辺から焼夷弾を投下し市街地を囲んだため逃げ場を 失ったことが挙げられるといふ。東京の3月10日の空襲もさうだったが、住民を攻撃したものだったやうだ。 富山市内に神社庁を置けなかったのは尤も、と納得。 平成27年3月14日北陸新幹線の長野・金沢間が開業し、同日から在来線はあいの風とやま鉄道株式会社(あいのかぜとやまてつどう)が営業してゐる。 |
路面電車の走る道路に面してゐる。境内右側は富山県神社庁。 | 社殿と鳥居の間に池がある |
社号標と鳥居の扁額。 |