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一加番稲荷神社(静岡県静岡市葵区鷹匠)

作成日 平成26年11月9日
よみ  
参拝日  平成25年8月3日(土)
所在地  静岡市葵区鷹匠1-8-5 (北緯34度58分34.4秒  東経138度23分15.8秒)
 地図:地理院地図  いつもNAVI
HP  静岡県神社庁 神社紹介 一加番稲荷神社
祭神  保食大神
由緒  境内の掲示には次のやうにある。
稲荷神社(通称 一加番稲荷神社)

 当神社の御祭神は、保食大神、御別名を豊宇気比売神、又、食稲霊神と申し上げ、稲、五穀の精霊神と尊まれ、衣食住の神、商売繁昌、厄除開運、無病息災、延命長寿の守護神として広く信仰されている神である。
 当社鎮座の由来は、寛永八年(1631年)駿府城主駿河大納言忠長卿(二代将軍秀忠の第三子)が将軍の勘気を受けて甲斐に蟄居の後は、幕府は駿河を直轄領とし、城主を置かず重臣の内から駿府城代を任命して庶政を綜理せしめ、城代を輔けて城外の守衛に当らせ為に在番一年の役として加番を勤番させる事とし、紺屋町に一加番屋敷を設けた。(これを紺屋町加番或は町口加番屋敷という) 初代一加番に信州飯田城主五万五千石脇坂淡路守安元が寛永九年(1632年)十二月に仰せつけられ着任した。 この加番開設にあたり三千二百余坪の屋敷内の浄地を選び社殿を建て寛永十年(1633年)山城国伏見稲荷神社の創祀と伝えられている。
 慶安四年(1651年)由井正雪の乱があり、一加番は府城に近い横内御門前(現在の鷹匠一丁目)に移され、これに伴い当稲荷神社も新屋敷内に遷宮された。斯くて創祀以来文久元年(1861年)に至る迄二百三十年間歴代の加番は折々に鳥居、灯篭等を献納し、年々の祭祀を厳修して崇敬の誠をつくして来た。
 明治維新に至り加番屋敷癈邸後は鷹匠町一丁目の産土神として明治十一年政府より存置が許可されて一般市民の崇敬の神社となり、昭和二十年六月戦災に依り社殿、工作物悉く焼失したが氏子の奉賛に依り復興し、地域の区画も整理されて面目も一新し、当神社の信仰は市の内外に広まるに至った。
 祭典  例祭  五月五日   歳旦祭 一月一日
     節分祭 二月三日   秋祭  十一月二十五日

     昭和六十三年五月   奉納 松浦元男
雑記  静岡鉄道新静岡駅の北側すぐ(50mも無いくらい)にある。
 「加番」とは初めて聞く言葉で何の事かわからなかったが、幕府の職制の名称で、どうやら駿府勤番組頭。駿府勤番に加へて城外警備の役を担った故の名前だらうか。当初、一加番(町口)・ニ加番(鷹乃森)だったのが由井正雪の乱を機に三加番(草深)が増設されたらしい。


平成25年8月3日撮影

平成25年8月3日撮影

平成25年8月3日撮影


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