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樫本神社(京都市西京区大原野)

  
参拝日 令和2年12月8日(火)
作成日 令和3年6月19日(土)
改訂日 令和6年3月4日(月)
 
よみ  かしもと じんじゃ  
所在地  京都市西京区大原野南春日町813
 (34度57分24.83秒 135度39分32.02秒)
 地図:地理院地図(ズームレベル15)
    いつもNAVI(ズームレベル13)  
地図  参拝当時の地図です。(最新の地図は所在地欄のリンク先をご覧下さい。)
地理院地図、東西 59km×南北 55km の範囲の地図です
・東西59km 南北55km
印:当社位置


地理院地図、東西 1.13km×南北 0.94km の範囲の地図です
・東西 1.13 km × 南北 0.94 km、
印:本殿の位置
HP等  ─
祭神  仁徳天皇
由緒  掲示があり、次の様に記されてゐる。
樫本神社由緒
一、御祭神 仁徳天皇
一、例祭日 一月十六日
一、創建年代は詳ではないが、社伝によれば、難波の国に都を作られた仁徳天皇が崩御された後、争いが起こり、それに巻き込まれた一部の人たちが、天皇の御霊を奉じ難を逃れて、この地に着き、分霊を祀ったのが創まりと言われている。嘉祥三年(850)、大原野神社の社殿が造営された後、同社に付属、藤原氏一族の庇護を得て守られ、寛永五年(1628)二代将軍徳川秀忠公の娘で、後水天皇の中宮となった東福門院(徳川和子(まさこ))の祈祷料白銀三十枚、同七年(1630)三代将軍徳川家光公の祈祷料米百石等の奉納をもって神殿修理、その後も度々修理が施された。明治十五年(1882)教部省御達により大原野神社境外摂社となるも、昭和二十四年(1949)境内地無償譲与を得て、宗教法人樫本神社となる。
 本殿は一社流春日造杮葺きで、平成二十五年(2013)秋に行なわれた第六十二回伊勢神宮遷宮古殿舎撤去材の無償譲与を受けて、改築、同二十九年三月竣工す。
 大原野春日町一帯の鎮守の社で「仁徳さん」と称し、広く崇められ、親しまれている。
雑記  阪急電鉄京都線東向日駅から西へ4.1kmのところにある。

 当社は、バス停から大原野神社へ行く途中にある。目の前を通るので参拝。大原野神社で御朱印をいただいた。


 この日から、二泊三日で京都の神社巡りに出てきた。今住んでゐる神奈川県内の神社巡りと共に、別表神社も数多く巡りたいと思ってゐる。
 今回は、京都市と足をのばせる範囲で別表神社十社他を巡ってきた。
 武漢肺炎禍のため、ホテル予約や新幹線予約は容易だった。まだ、gotoトラベルが適用されたのは有難かった。朝・夕の食事は近くのスーパーで調達。どの神社も人は少なく人との接触機会は少なかった。(外出を控へるやう要請されてゐるので、若干の言訳をさせて頂いた。)

 京都駅に11時34分着で、ホテルに荷を預け、昼食後、当社へ向った。向日町駅から乗ったバスの終点で降りると、無人販売所に富有柿がある。帰りに買ってゆかう。先月の、九度山の柿に比べるととても安い。贈答用では無いからこんなものか? 大枝産の柿だった。

写 真  (拡大写真は新しいタブ又はウインドウで開きます)
写真1 社頭
写真1 拡大 (1280×960)

社頭

写真2
写真2 拡大 (1280×960)

写真3
写真3 拡大 (1280×960)

写真4 御本殿
写真4 拡大 (1280×960)

御本殿

写真5
写真5 拡大 (1280×960)

社殿前から社頭を望む

御朱印
御朱印 拡大 (657×960)


出典・脚注

改訂記録
  • 令和06.03.04 ページ内の配置変更(スマホでの閲覧に配慮)。白地図の誤記修正(誤:東西290km×南北270km 正:東西59km 南北55km)

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