神社訪問記HP神奈川県伊勢原市

稲荷神社(神奈川県伊勢原市下平間)

参拝日 平成29年9月5日(火)
作成日 平成30年2月3日(土)
追記日 令和6年4月17日(水)
よみ  いなりじんじゃ  
所在地  伊勢原市下平間645 (北緯35度23分6.09秒 東経139度19分26.67秒)
 地図:地理院地図  いつもNAVI  
地 図  参拝当時の地図です。 (最新の地図は所在地欄のリンク先をご覧下さい。)
地理院地図、東西 1.13km×南北 0.94km の範囲の地図です
・東西 1.13 km × 南北 0.94 km、
印:本殿の位置
HP等  神奈川県神社庁 神社情報 稲荷神社
祭 神  倉稲魂命 ( うかのみたまのみこと )
由 緒  新編相模国風土記稿には「稲荷社三 二ハ広済寺持。一ハ村持。」とある(1)。広済寺持の一社と思はれる。
 神奈川県神社誌には次の様に載つてゐる(2)
由緒沿革  延享四年(1747)社殿造営。明治六年七月三十日無格社と定められる。
雑 記  小田急線伊勢原駅の北東1.5kmのところにある。

 神社庁の神社詳細によると、住所は下平間623となってゐるが、そこが何処か判らない。
 Webサイト『相模国 神社祭礼』の「上平間・下平間」(3)によると、下平間村には広済寺管理の「西の稲荷」と「東の稲荷」とがあり毎年交代で祭りを行ってゐるといふ。「西の稲荷」は当社から西へ0.3kmばかりのところにある稲荷神社と思はれる。
 覆殿内に、稲荷社改築役云々(中略)大正拾壱年拾月云々、また、平成三年二月八日稲荷神社再建寄付云々と墨書した板が保管されてゐる。
 享保四年八月吉日と年記のある青面金剛・三猿像が彫られた庚申塔がある。社殿左(向って右)の大樹の所にある石祠には「明治廿二年四月三日 下平間村中」とある。

 下平間村は、明治22年(1889)町村制の施行により上平間村、下谷村、上谷村、小稲葉村、沼目村および池端村飛地が合併して大田村が発足し、昭和29年(1954)大田村は伊勢原町他と合併してゐる。

写 真  (拡大写真は新しいタブ又はウインドウで開きます)

写真1  丘のうえにある


写真2


写真3


写真4


出典・脚注
  1. 『新編相模国風土記稿』 巻之四十六 下平間村の条 (同書は天保12年(1841)完成。鳥跡蟹行社刊(明17-21)の活字翻刻本を引用。漢字は現在当用の字体に置換へた)
  2. 『神奈川県神社誌』神奈川県神社庁編 昭和57年(1982) p.356
  3. webサイト相模国 神社祭礼 内の 上平間・下平間

改訂記録
  • 令和06.04.17 (1)ページ内の配置変更(スマホでの閲覧に配慮)。 (2)写真に番号を附した。 (3)神社庁web神社情報のリンク修正。 (4)誤字修正:太田村→大田村 (5)由緒に神奈川県神社庁誌からの引用を記載。 (6)脚注の『相模国 神社祭礼』のアドレス修正

文頭へ移動  ホーム(神社訪問記)
inserted by FC2 system