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吾妻神社(神奈川県二宮町)

作成日 平成25年12月20日
よみ  あづまじんじゃ
所在地  二宮町山西吾妻山1117 (北緯35度17分53.8秒  東経139度15分1.2秒)
 地図:国土地理院ウオッちず  いつもNAVI
HP  神奈川県神社庁 神社詳細 吾妻神社
祭神  橘姫命 ( たちばなひめのみこと )
 日本武尊 ( やまとたけるのみこと )
由緒  境内に案合板がある。
吾妻神社 由緒記
 吾妻神社は梅沢の氏神でその創建は第十二代景行天皇の朝に始まるという。弟橘媛命を祭神とし 日本武尊を配祀する。日本武尊は景行天皇の第三皇子であり、天皇にそむく部族を征伐するため 東北におもむく途中、三浦半島走水から海路上総に渡るとき暴風突如に起こり、命は夫にかわり 海神の怒りを鎮めるため夫の武運を祈り、別れに臨んで往事を回想され
「サネサシ相武ノ小野ニ燃ユル火ノ ホナカニ立チテ問ヒシ君ハモ」と
海中に身を投じた。するとたちまち海は穏やかになったと云う。その七日後に命の御櫛が海辺に 流れつき埋めて御陵を造り、この地を埋沢といい神社前下一帯を梅沢という。この海岸に命の 小袖が磯辺に漂いこれを山頂に祭ったことから、袖ヶ浦海岸と呼んでいる。また日本武尊は東北戦 が終り帰路相模の国から足柄を通り甲斐に出る途中、峠ではるか東方の海をながめ、 「ああ吾が妻」と嘆かれたと云う。
 弟橘媛命の御神像は木彫の千手観音で、既に千数百星霜を経過し、御神像は現在梅沢山等覚院に 安置されている。
 吾妻神社は「縁結びの神」として知られ例祭日は
   例大祭  一月 第三日曜日
   例祭   八月 十五日
参拝日  平成25年2月11日(月)
雑記  吾妻山は早春の菜の花を見に行った。この時は三回目だった。公園になってゐて富士山や相模湾も眺められ展望が良い。 二宮駅から西へ700mほどだが吾妻山頂上は136mあり、階段は300段あるといふ。その階段を列をなして登った。
 吾妻山公園から南の方の道を少し降りて行くと当社がある。
 東海道からの参道入口にある社号標には「縣下名勝史跡四十五佳選當選記念 吾妻村 梅澤 吾妻神社 横浜貿易新報社」とある。 昭和10年の行事で、当社は33位であった。さういへば、座間市の北向庚申神社にも同様な碑があった。
(横浜市『市史通信』第六号(平成21年11月30日発行)http://www.city.yokohama.lg.jp/somu/org/gyosei/sisi/pdf/6momose.pdf


平成25年6月22日撮影

平成25年2月11日撮影

平成25年2月11日撮影

平成25年2月11日撮影

・28.04.19 横浜市『市史通信』のリンク修正(掲載場所変更のため)、雑記の修正(文意が通じるように)。


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