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雑記



平成29年4月1日(土) 心配事
 退職して1年が過ぎた。
 ・個人的には、健康。心拍数が上がると、心臓の動きがおかしい気がする。眼の具合も。相場で大損したが、まあ、いいや。
 ・当webでは、退職一年後に自分の名前をださうかと思ってゐたものの、決められない。
 ・国内では、反日勢力の跋扈。
 ・国際的には、北朝鮮・中共・韓国。国内問題の根源か。

 最近、「虎ノ門ニュース」を視聴するやうになった。テレビのニュースを聞いてゐても事実と違ふ事が紛れてゐたり、重要度の感覚が合はない(掘下げての報道を期待しても報道自体が無い。例へば、豊洲の事・沖縄基地の事・保守系まとめサイトへのdos攻撃(Denial of Service attack、サービス妨害攻撃)の事・等々)しで不信感がつのる。放射能汚染の時もさうだったから期待してはいけなかったかも。そんな中、参議院議員の青山繁晴さんの話を聞くのはテレビでは報道されない事が多く有意義と感じてゐる。二時間の番組なので時間がかかるが、思はず顔がほころぶ時もあり、楽しくもある。

 神社巡りの事。webは三ヶ月で52社掲載し、順調。神社巡りは29社でやや低調ながら、別表神社は3社。春の18切符で高崎・前橋方面へ遠出ができたが、切符に残りがあるので、今度はどこへ行かうかと計画立案中といふ状況。諏訪大社を候補として検討してみたが、諏訪大社だけにしたくは無く、他のお社にも行ってみたい。さうすると、朝五時過ぎに家を出ても普通列車で当日中に往復するのは無理っぽい。
 今年、輪行は、未だ一度も無い。


平成29年1月7日(土) 新年にあたって

謹賀新年
本年もよろしくお願ひします

昨年のまとめ
 昨年は188社を巡り、152社の記録を掲載できた。輪行の利用、夏には青春18切符を利用して足を伸し、グーグル マップ利用、新編相模国風土記稿の利用を始めたなど進歩があった。一方、四月から自由時間が増えたのにも拘らず、退職前に思ってゐたほどの数にはなってゐない事、時間の使ひ方が下手で文章を書くのが「下手の考へ休むに似たり」と云った状態(碁会所にも行かうと思ったが行けてないなぁ)でなかなか進まない事、近隣市町村の図書館の利用をしてゐない事が課題だった。

今年の抱負
 参拝神社数は昨年の188社越え、掲載神社数は200社以上、別表神社10社以上を目標としよう。手段は、昨年の成果の積極的な継続、宿泊を伴ふ参拝旅行、近隣の図書館利用といったところか。時間の使ひ方はだうしたら改善出来るかな、これは難問。「下手」は受入れるしかない。
 (職場なら目標を数値にすると面倒が多いが、個人であれば評価は自分でするから、わかりやすくて良い。自分の一存で変更なり、破棄なりできるしね。)


平成28年11月5日(土) 厚木市内神社巡り
 神社巡りを始めた頃は、厚木市内の神社(但し、神社庁包括下に限定)は全部訪れ参拝しよう、と考へてゐた。目標と云っても良いだらう。六年も経って、やっと巡り終へた。
 このところ、バスに乗って出かけるのが容易になった。厚木市内は神奈川中央交通のバスが走ってゐるが、webサイトでは地図からバス停の位置、時刻表が調べられるやうになってゐる。それを利用して訪れにくかったところへ出かけてゐるわけだ。
 10月31日に、荻野の御嶽神社、日吉神社、三田の八幡神社を参拝し、57社の参拝を終へた(訪問記掲載はだいぶ先)。既に参拝したお社も六年前と現在では大いに変ったかもしれない。再訪も課題だ。
 巡ったお社の数は、いつの間にか1000社に達しようとしてゐる。Googlの地図サービスで訪問地を地図上に示せるやうになってゐるのを知って、10月28日から利用し始めた。まだ使ひこなしてゐないが、便利だ。
 神社巡りには事前の準備が大事だ。始めた頃は、国土地理院の五万分の一の地図を購入し、神社記号の在るところを調べた。今は、web上で地図を表示出来るやうになってゐる。
 ますます便利になるだらう。当webサイトを通じて情報の発信ができるのも有難い。


平成28年9月17日(土) 環境基準、安全・安心 
 自分の考へをまとめてみた。

 東京都の築地市場の豊洲への移転でもめてゐる。今日は地下に溜ってゐた水の分析結果が出たといふ。そこで東京都のHPを半年ぶりで見た (大きな画像が数秒ごとに切り替る、嫌ひなタイプだ)。分析結果表が公表されてゐるかと思ったからだが、見つからなかった。マスコミのフィルターを通して一般に知らせる意図なのだらうか。
 報道によると、環境基準に満たない砒素と六価クロムが含まれてゐたといふ。溜り水に環境基準は無いから公共水域の基準を当てはめ、年平均といふ条件を無視したのだらう。また、ベンゼンは検出されなかったといふから、土壌汚染は除去されたといへるがそこまでは判断しない。
 ところで、何の意味があるのだらう。溜り水で泳ぐのでも無く、浄水の原水とするわけでも無く、コンクリートの床下といふ隔離されたところにある。ならば、食の安全とだう関はるのかと考へれば、安全上の問題は無い。盛土があったならば土中に隠れてゐるはずだ。盛土が無いから容易に状況が把握出来た。建物下の盛土の必要性が判らない。盛土で建物を支へる訳でもあるまい。と、するなら、安心のため騒いでゐる訳だ。
 問題だと主張する専門家といはれる人は、リスクとハザードの区別が出来てゐない。無智なのか、或は意図的に混同させてゐるのかわからないが、リスク ゼロ といふ、あり得ない事求めて不安を煽ってゐるのは、原発への対応と共通してゐる。所謂「放射脳」といふものに違ひない。
 都知事は、嘗て環境大臣を務めてゐた。よもやリスクとハザードの区別が付かない事は無いだらう。そしてリスクゼロがあり得ない事も。

 以下はついで。分析項目は、7項目とNHKテレビで言ってゐた。費用の都合はあると思ふが、pHや導電率に加へて有機物・陽イオン・陰イオンを測定するのが水の由来を推定するには必須だ。当然特定してゐるはずだが、どの位置で、どのやうに採水したのか、不検出とは定量下限値未満の意味だらうがその値は幾つなのか、さういふ事も公表願ひたいものだ。
 
平成28年7月22日(金)
 新編相模風土記稿は、江戸時代後期に造られた地誌で重要な資料となってゐる。7月10日からワードで転記し始め、今日、やっと原文の10頁9700文字分をweb掲載できた。厚木市の分だけで約120頁あるので、終る目処は立てようがない。
 入力して良かったことは、書かれてゐる内容の他、漢字の読みを幾つも覚えたこと、言葉を知つたこと、文章の入力変換条件に文語を指定すると歴史的仮名遣で入力できること(ATOC)を知つた。歴史的仮名遣での表記は、現代仮名遣で入力後一文字づつ修正してゐたので、直接入力・変換できるのを知つたのはうれしい。
 6月の神社訪問は、24社にとどまつた。梅雨空では出かけづらい。青春18きっぷの利用が9月10日まで可能となつてゐる。少し遠くへ出かけたいと思つてゐる。
 ポケモンGO が国内でも配信され、人々が夢中になつてゐる。あちこちと、外に出るのはよいことと思ふが、外に出る目的が人や自然に触れるものではないのが、どうかしてゐる。古典的な(将棋・囲碁・トランプ等)しかしたことがないからか、理解できない。

平成28年06月05日(日)
 5月中は48社を訪れてきた。一ヶ月での最高記録となった。時間が出来たこと、天気が良かったことによる。web掲載は一年前の訪問社を16社、 と若干の追記を行ひ、これも月間で多かった部類だらう。本日、梅雨に入った模様で、6月も数回出かけられれば良いと思ってゐる。
 輪行は、これまでに4回できた。電車に乗る距離が片道10kmあると体力的には大いに楽だ。ただ、出発を通勤・通学時間を過ぎてから、 帰りを通学時間帯に入るころを目処としたので行動できる時間は5時間ほどしかない。下りの場合、午前7時前に出れば良いけれど、普段の起床時刻は 8時前なので、覚悟が必要。小田急線、相模線に乗る分には今のペースで、その後は、そのとき考えよう。

 言論が不自由になってきた。外国人向け地図に卍を使はないとか(提案は撤回された)、思想信条によっては集会のための公園の使用不許可やデモ妨害など。 特権はやっぱりある。 
 
平成28年04月17日(日)
 4月になってから新しい自転車に乗って、市内岡田・戸田・長沼など相川地区の神社を訪れた。7年前に訪れてゐるのだが、 その頃とは見る目が違ってゐて、web掲載内容も変はってきてゐるので、より充実させようと思ってゐる。自転車に馴れる目的もある。 震災・震災復興の記念碑が建ってゐる事が多い。碑文を掲載して行きたいと思ってゐる。
 相川地区は新東名高速道路の建設中で、建設地は子易神社(戸田)、若宮八幡神社(戸田)の北に接してゐる。 立ち退きを余儀なくされた人達もゐるはずで、神社にとっては(住民にとっても)うれしくは無いことと思ふ。
 
 さて、熊本県では4月14日からの地震で大きな被害が出てゐる。ある市役所は半壊で駐車場に業務拠点を移すなど、たぶん想定できてゐなかった と思ふ。耐震性の問題は承知しても地震はすぐに来るものではないから、予算は割けない、と。200ページ余もある熊本県の防災計画を見ても 布田川・日奈久断層中部が起こす地震は30年以内発生確率を0〜6%としてゐる(内閣府の発表が元)から身に降りかかる問題とは 考へてゐなかったといはれてもしようが無い。新築しようとすると、やっかむ人達がゐるのでままならないことも確かだ。
 当地では、新東名高速の建設工事が盛んに行はれてゐる。相模川には橋梁が掛かってゐる。だが海老名までしか届かない。東京─海老名間は だうするのだらう。東名の混雑を知らないハズは無い。耐震・免震化をもっと速く進めなければいけないし、 被災前に復興のためのインフラは整備しなければいけない。被災後の損害を減らすことにもなる。 平時の産業競争力を上げるにもインフラの充実は欠かせない。一頃から公共事業は半減されてゐる。善いこととは思へない。
 今後検証されることだらう。  
 
平成28年03月26日(土) 北海道新幹線開業 折りたたみ自転車
 朝のニュース番組では北海道新幹線の開業を中継し、喜びや期待を伝えている一方、春休み中の予約率が25%といふ残念な事実も伝へてゐる。 仙台以北は空席は目立つし、青森から先となると更に更に乗車率は下がるのは当たり前のやうなもの。 札幌からの乗客がゐれば道内移動需要も期待できるといふもの。自分自身のことで考えると、飛行機を使ふと5時間30分に対して、9時間20分と、 4時間ほどの時間差がある。北海道新幹線開業前は、5時間差だった。冬は雪の影響を受けにくいと思ふが、それでもあと2時間縮まらないと、 興味本位で乗るに過ぎない事になる。 制限速度140km/hの区間82.1kmを260km/hで走っても16分強の短縮にしかならない。トンネルをもう一本掘るしか無いかも。

 自転車を1台購入した。手元に届くのは4月1日。タイヤサイズは20インチの折り畳み式。輪行が容易にできるはず。重さ12.5kgがちょっと 気になるが、タイヤサイズ・フレームサイズが小さいからバスにも乗れるだらう。直進安定性は悪さうだから、馴れがいるはず。 これで、公共交通機関の少ない地方でも参拝に巡り歩ける。
 
平成28年03月12日(土)
 本日、HPに設置してゐるアクセスカウンターが10000に達した。ご覧頂いた多くの方々にお礼申し上げます。ありがたうございます。

 今掲載作業をしてゐるのは、一昨年の11月に富山へ行った時のもの。掲載までに時間がかかり、北陸本線があいの風とやま鉄道に変わるなど、 当時の状況と今とでは地図も変ってしまってゐる。少し前から地図にはDLした日付を記入するやうにしてゐる。DLしたのは北陸新幹線の 金沢延伸開業後だったため、参拝時には北陸本線だったのが、早くも私鉄の表示に変ってゐる。

 北海道新幹線の新青森駅ー新函館北斗駅間148.8kmが開業するのは、まもなく、3月26日。一方、旧夕張線(現石勝線)の十三里駅が廃止される。 札幌までの延伸は十年以上かかる。乗車の機会はあるだらうか。
 人口が減少する日本。インフラの整備を進めて効率化しないと、人口の減少がそのまま活動の低下につながってしまふ。 現状でさへ、劣ってゐるのかもしれないとあれば、防災や景気のためにも公共投資をしなくてはならない。


平成27年12月29日(火)
 所謂従軍慰安婦問題を日韓で合意が成ったといふ。日本国が金を出し、首相が軍の関与を認め謝罪、となると完敗と思へる。韓国の慰安婦像 は撤去か移転かの努力をするといふ。誹謗・中傷してゐたのを、やめるから感謝して金を出せ、といふのに乗った。つまり強請に遭ったといふ 理解をした。慰安婦像は存続し、そのうち、また難癖をつけられるのだらう。
 合意の背景には、高所からの判断か、大国の圧力があったのかもしれないが、今年は残念な年になった。政府は英霊に許しを請うてほしい。
 
平成27年10月04日(日)  過疎化
 JR北海道は10月1日から夕張線(現石勝線)の清水沢駅を無人駅とした。かつて、大夕張鉄道が運転され石炭が運搬されてゐた頃は、 国鉄の線路より駅舎側にあった大夕張鉄道の客差から煙が昇ってゐたのを記憶してゐる(石炭ストーブ)。バスを待つあいだ、駅の待合室の ストーブに近いベンチに居たのだ。当時の乗降客は南高や工業高校・北高へ通ふ高校生もゐて、一日に何百人もあったと思う。 それが、平成26年度は一日平均12人といふ。
 都内から鉄道で清水沢駅まで帰ったことも、札幌とを往復したことも幾度となくあった。
 石炭が出なくなった以上は、仕方ない。が、残念なこと。
 さういへば、ふるさと納税を、と思ひつつ実行してゐない。今年中にしよう。
 
平成27年04月14日(火)  終活
 訳けあって、本・雑誌を捨てることにした。本と言っても新書なので古本として売れるものではない。 雑誌も鉄道の月刊誌で、300〜500円程度で売られてゐるが、買ひ取りとなると、箱代にもなるかだうか、と想像する。
 いつまで持ってゐても、いずれ捨てなければならない。まだ、定年を迎へてゐないが、終活を始めたかのやうだ。
 
平成27年01月12日(月)  パソコン 抱負
 新年最初の更新となりました。
 昨年12月下旬にパソコンの調子がまたも悪くなり、1月4日に新調しました。データの多くは外付けHDDに保管できたのは 幸ひでしたが、Windous8の仕様には面食らって、メールソフトの設定や、ATOCのインストール、など行ひ、何とか以前の状態に戻った感が出てきました。 あたりが悪いのか、使ひ方が悪いのかわかりません。 
 昨年は、120社あまりを参拝してきました。2月・3月は寒さを理由に参拝は無し。9・10・11月に61社を参拝できたのが100社超えの 原動力でした。web掲載は109社で掲載がどんどん遅れてゐます。今年は、少しは追いつきたいと思ってゐます。また、昨年11月に富山県へ行きましたが、 今年も一カ所でよいので泊まりで参拝に出かけたいと思ってゐます。乗鉄(のりてつ)も兼ねてゐます。
 昨年の相場ではプラスの成績が収められました。これから確定申告の準備を進める中ではっきりすると思ひますが、まだまだ雑所得分の 税金を納めるほどの回復ではありません。思惑が外れたときに放置してしまはないやう、相場とつきあってゆきたいと思ひます。

 神社を参拝してゐますが、少旅行してゐることもあり、自身の交通安全や良い世の中になる(天下太平・国家安泰)やうお願ひしてゐます。

 
平成26年11月30日(日)  平均寿命 日本経済 定年 富山旅行
 日本人男性の平均寿命は、厚労省の今年7月の発表によると平成25年は80.2歳といふ。自分の年齢の59歳の平均余命は24.0年といふ。
 社会実情図録の世界各国の平均寿命(http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/1620.html)によると、所得と平均寿命の間には相関があり、 低所得の内は少しの所得増加で大きく寿命が延びるが、所得が大きくなると僅かしか寿命は延びない。日本は所得が高いので、 所得の変化が寿命には、大きくは影響しない所に位置してゐる。所得が増えると云ふ事は、冬の室内は暖かくでき、栄養価の高い食品を食べられる、 良い衛生状態を維持出来る、必要な医療も受けられるといふこと。所得が減れば、少しずつ水準が下がり、病を得るリスクが増える。

 個人的には一年ほどで定年退職を迎へ、収入が途絶えるが、社会が安定してゐれば生活に支障が出るやうな心配は無い。
 日本の経済状況を見ると、年率2%の物価上昇を目指してゐるものの、経済活動の活発化よりも円安が突出して目立ってゐる。輸入品の値上りは、 いろいろなあり、消費税アップと相まって消費抑制に働いてゐる。 いま、原油は、定期市場では52000円/klだが、100円/USD なら44000円/kl、ガソリン小売価格にすると、8円安相当くなる。 高いエネルギーを使用してゐたのでは、国際競争力が無くなってしまふ。ますます、円安になり、止らなくなるのでは?
 原油価格は、サウジアラビアの意向か、米国のシェールオイル生産を抑制(壊滅?)させるため安値に誘導してゐる。 然し、何年か先には高値に誘導してくるのは目に見えてゐる。 原子力発電を止めて火力発電に頼ってゐる日本には厳しい時が訪れる。 電力料金が高いだけでなく自家発電または大容量蓄電池利用を強いられる事になり、 成り立たない産業が多く発生しさうだ(さう成らないために、原子力発電を推進してきたはずなのだが)。
 その結果、今の生活環境を維持出来るだけの所得が得られず、寿命が縮まる事になりさうな、風が吹けば桶屋が儲る式の心配をしてゐる。 命を大切にするために原子力は発電を止めたはずなのに。

 ならば、個人でできる事は何か? と考えてゐる。高い電力、高い食品、インフレにも絶えられる必要があるだらう。 FXによる USD/JPY 買ひによる価値喪失の補填はその一つだが、平均余命×250万円/年=6000万円 相当の USD/JPY を買ふと50万ドルとなる。為替は望まない方向へも変動するので、1000万円の余裕資金が無いと破綻してしまひさう。手に余る。
 定年までは働かう。
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 来年三月に新幹線が長野から先、金沢までが開業するといふ。在来線特急は無くなるし、ほくほく線(北越急行)も経由する事はなくなるだらうから、 開業までに乗っておきたい、それなら今だ、といふことで富山へ行ってきた。ほくほく線には乗った事が無かったので160km/h運転の列車にも関心はあった。 窓際の席が取れなかったので窓外はよく見られなかったが、トンネルの多さには驚いた。持って行った資料を、めがねをかけてよく見ると確かに10.4km、 9.1km、6.2kmと長いトンネルがある。路線は59.5kmしかないのに。いくつか駅に停車して犀潟駅から北陸線に入った。
 この文章を書くのに当り、Wikpedia等で調べると、9.1kmの鍋立山トンネルは貫通までに22年を要した屈指の難工事だったといふ。 知らずに通過してゐた。
 良い天気に恵まれ、高岡・氷見・富山の神社を訪れてきた。web掲載は、一年後かな。
 
平成26年06月15日(日)  5年目
 いつの間にやら5年が過ぎた。毎年、ほぼ100社の訪問、web掲載してきたが波はある。今年は、2月は寒く、3月・4月は気が乗らず 訪問やweb掲載を行ってきた。
 このところ、歩くのが苦にならなくなり、毎週出かけてゐた。小田急線の新松田駅を降りて南の方、大井町、小田原の曽我辺りを歩き回ってゐた。 人口が少ないとはいへ、古くから人の住んでゐるところなので歩ける範囲でいくつものお宮がある。鴨宮の海岸に到達するまでには、あと3回 は必要だらう。当面、20000歩を難なく歩けるやうになりたい。健康にも良いと思うし。

 さる4月20日には厚木神社の神楽殿が放火され、近隣の住宅二棟が全焼、一棟が半焼し営業休止してゐる。神社では境内整備をしていて火災防止のため 電気配線の改修、床下の隙間をふさぐなどの対策もとってゐたといふ。
 
平成25年12月20日(金)  近況  韓国
 もう少しで今年が終る。今年はこれまでにおよそ70社を掲載した。年に新たに100社あまりのお社に参拝してゐるので、未掲載な訪問先が 増へる一方である。あと、10日。もう何社か、記録をまとめよう。
 10月にも書いてゐるが、韓国に関心がいってゐる。一昨日はいつも購読してゐる週刊新潮に、このところよく読んでゐるブログ主の インタビュー記事が載ってゐて、内容はブログで承知のことですらすら読めた。活字出版物になるのは不思議な感じだ。 こりあうおっちんぐ、シンシアリーのブログ、余命3年時事日記、韓国関係ではないが、よもぎねこ さんのブログ、とコメントを含めて読むものが 多く時間を費やしてゐる。歴史は日本では「ヒストリー」だが、中国では「プロパガンダ」、韓国では「ファンタジー」であるといふ説(*)を読んで なるほど、と思ひ、それ以来韓国のへんてこな主張にも驚かなくなった。私も、少しは賢くなったのかな。 (*)元は、米スタンフォード大学の研究グループが米国、台湾を加えた各国の歴史教科書を比較研究して得た結論(読売新聞2008年12月16日付)との事。  
 
平成25年10月01日(火)  韓国  原発  最近の神社参拝
 隣の国といふこと、歴史認識を持出すといふことから、韓国のことに関心を持って久しい。かつて仕事で一回に数日だが、何十回か訪れたこともあり ハングルを少しは読めたりする。英語が読めても意味不明なことがあるのと同様、読めても意味不明なことが多い。朝鮮人にとっても同じ事で、自ら云ってゐることの 意味が解ってゐない(機能的文盲)といふ説もあって、尤もなこと、と思ったりしてゐる。これは、好意的な解釈かも知れない。事大主義とも、想像が現実と信じる、 息を吐くやうに○○をつく、等とも云はれる。つきあはなくて済ませたい国に思へ、場合によっては北朝鮮との良好な関係を築けないものかと妄想したりもする。
 電力料金の値上げは、東京電力だけではなく各地の電力会社にも及んできてゐる。値上げ分は原発反対者に負担してもらひたいと思ふ。原子力規制委員会は原発を 稼働させないために設置したと思はれるくらいで、リスク評価の出来ない組織だ。汚染水問題は、浄化装置を止めることで解決するのではなく、 動かすことで装置の問題点を早く明らかにして改善してゆかなければ貯まる一方の汚染水の漏洩リスクがどんどん大きくなることくらい解らないのだらうか。 汚染水問題は責任を認識してゐないとうそぶいてゐる。
 最近の神社参拝。今年の夏は暑くて外に出るのを敬遠してゐた。それでも、青春18切符を使って8月に2回、静岡市に行ってきた。一回目は歩いて、 二回目は自転車を借りた。新幹線の乗換へで駅を降りたことはあるが、街の中を歩いたことは初めてで、歩くと街に親しみがわく。参拝神社紹介のページは、今、 11ヶ月遅れになってゐる。早く掲載したい。
 
平成25年05月15日(水)  PC故障  祖父のアルバム
 2月9日にパソコンのHDDが壊れ、修理した。ほぼ3年分のデータが無くなった。当HPは幸ひにwebサーバー(FC2)にあったので 失はれずにすんだ。二カ所に置いてあるのは心強い。
 パソコンは3月初めには修理できてきたが、その後、神社訪問記を書く気にはなかなか成ならなかった。確定申告に間に合せたり、 祖父のアルバムの電子化作業をしてゐた。アルバムの電子化は5月の連休中に、索引作成を残しておおかたが終ったが、自分だけで持って ゐても意味が無いので叔父叔母に配布しようかと思ってゐる。パソコンは孫が使ってゐれば見てもらへるだらうし、CDならかさばらない ので持ってゐてもらへるのではないかと、思ひ巡らしてゐる。
 世の中は、株価が日経平均で15000円を超え、ドル円は102円にまで円安となり、明るくなってゐる。一方、エネルギー供給はいびつで、 中韓連携の日本敵視が顕著になってきたなど波乱要因も抱へてゐる。こちらも、すこしずつで良いから良くなってほしい。
 
平成25年01月19日(土)  大鵬  松山  地井武男
 元横綱の大鵬が亡くなった。子供の頃は巨人・大鵬・卵焼の時代で柏戸・大鵬の全勝同士の千秋楽を見た記憶がある。数年(?) 前にはラジオで大鵬が語るのを聞いた覚えがある。相撲取りになるまでの苦労と努力が印象に残ってゐる。大鵬は子供の頃に夕張の若菜に 居たことがあることも親近感を感じる理由の一つかも知れない。毎年、いろいろな人が亡くなるが、嘗ては歳が大いに離れた有名人くらい にしか思はなかったが、近頃は同時代を生きた人となってゐて心につまされるものがある。大鵬は72才、自分とは16才差。56年生きた身 には16年はすぐのやうなものだ。
 いま、昨年の7月に松山に行ったときに巡った神社の記録を書いてゐる。住んでゐるところから遠い地の神社へはなかなか参拝する 機会が無いところを、余裕をつくって自転車で巡ってきた。寒くて出不精になってゐる今、一生懸命に巡った暑い夏が懐かしいし、また 遠出したい。さう云えば、松山へ行ったのは、ちい散歩の地井武男さんが亡くなったすぐ後の事だった。
 御安らかに。
 
平成24年11月09日(土)  喪中はがき  FX  電気料金
 喪中はがきの印刷が出来て、明日から宛名書をしようといふところ、叔父の訃報があった。先月は叔母が亡くなってゐる。 遠くなので葬儀には行かないが、気は滅入る。
 外国為替証拠金取引を行ってゐるが、8月頃に比べ、一時は資金が半減してゐた。このところ戻してきた。殆ど、ユーロの動きに 依存してゐる。今の心配はどんどん円安になりはしないかだ。貿易収支の赤字が止らない。経常収支は黒字だが、高金利の債権がいつ までも在るわけでもない。その内、経常収支でも赤字になる心配をしてゐる。さうなれば、円安になるのでないかと。
 政権交代が目的だった民主党が、政権を取った後、幼稚な運営しか出来ていない。にもかかはらず自覚がないからか、或は 大臣になりたいだけからか政権に居座り続けてゐる。産業を振興しようとしない。せめて安い電気を使って生産性を上げられるやう にならないものか。いまはアラブ諸国に石油代金を払ふために仕事をしてゐるかのやうだ。この状態で円安になれば、電力料金は 大幅値上げだ。五割といふこともあるかも。
 節電はいいが、実態は「電気を使はないやうに我慢しろ」といふこと。言葉でごまかしてはいけない。北海道の7%節電は、 自主的削減要求が実態だ。厳冬にならないこと、発電所が故障しないことを願ふ。母へ、電気に依存しない石油ストーブとカセット ガスコンロを贈ってあげようか・・・・。
 
平成24年05月01日(月)  四十九日  報道の脳死
 喪中で四十九日も終らずにゐるので、神社廻りは控へてゐる。葬儀で一週間続けて日常から離れてしまひ、元に戻るのに時間が かかってゐる。いま、去年八月参拝分の掲載を進めてゐるが、掲載神社数を増やすより、使ひやすさをよくしたいと思ひ、地図を載せた。 自分自身、参拝した神社の名前が出てこない事が多くなった。数が多くなって覚えきれなくなってきたやうだ。
 さて、休みと云ふことで、「報道の脳死」(烏賀陽弘道著)といふ本を買ってきて読んだ。近頃は、テレビの報道番組にはあきれ てきてゐたから、読むまでのことも無いかと思ひながらも、自分とは違ふ見方もあるだらうと思ひなおした。なるほどと思ひながら読ん だが、
 ・親民主党なので政権追求が甘い(報道の目的が不純、東電叩きに追従したのもその現れか)
 ・非科学的(リスクの大小の判断が出来ないから感情に流される)
といふことも加へて良いだらう。
 読んで良かった。
 
平成24年03月25日(日)
 初詣の後、神社を巡り歩くことはなかったが、三月になってから小田原と平塚の神社を巡ってきた。一月二月は寒かったのと 花粉が飛んでゐることで敬遠してきた。確定申告書類が出来てゐなかったこともある。仕事でも珍しく休日出勤したこともあった。
 小田原へは、小田急の当日限りで運転が終る10000型(HiSE)のロマンスカーに乗った。展望席だけが混んでゐるといふ状況で、 沿線にはカメラを向ける姿が目立った。かつて、深名線の廃止前日に乗った時のことを思ひ出した。そのときも運転席後ろに陣取ってゐた。
 さて、小田原ではいくつかの神社を廻り参拝してきた。翌週には平塚市内の神社を廻り参拝してきた。両市ともに、 ここの標高は○○メートルです、といふ標識が目に付いた。神社境内に建てられてゐる例もあった。両市とも相模湾に面してゐる。 不思議なことに関東大震災の時の記録は殆ど残ってゐないといふ。1703年の元禄地震では小田原で5メートルを越す浸水高さ、 平塚では2メートルを超える浸水高さがあったといふ。平塚市では、防災で想定してゐる最大津波高さを4.0メートルだけれど、 浸水高さで云ふとだうなるのだらうか。標高を知らせる表示をしてゐることから、対策が進んでゐるのは判る。ただ、その、遅速に 判断は付きかねる。
 第二東名高速道路の一部が来月開通する。被災したときにはだうやって非難するか、だうやって物資を運ぶか、だうやって 配布するのか? 不安に思ふことは沢山ある。関東では、放射線といふ20年後に検出できないぐらいの発癌性増加に神経を使ふより こちらの対策を早く立てて、備へてほしい。東京-厚木-小田原間の新しい幹線道路が必要なのでは無いか? 
 我家では、保有してゐる食糧を少し増やした。
 
平成24年01月07日(土)
 新年おめでたうございます。
 放射能について最近思ふ。安心を求めるといふのは日本人の宗教なのではないかと思ふやうになった。キリスト教やイスラム教、 仏教のやうに教典のある宗教では無いが、健康のためなら死んでも良いといふ冗談と同じに、安心のためなら何物も惜しまないといふ のは、理性では理解できないから。
 かつて「一人でも反対があったら橋を架けない」といって少数意見に従って道路整備を遅らせた知事が居たが、機能不全のつけが 回ってくるまで、多くの人々には問題とも思はれなかった。放射能からの安心のために払ったコストが、安全の向上につながってゐない こと、逆にストレス増で逆効果だったとが判ったら何と思ふのだろうか。仕方なかったと思ふのか、或は、科学的判断をすべきと反省 するのだらうか。私は、前者のやうに思ふ。それが日本人一般なのだらう。宗教と思ふ所以だ。
 だうなったら気づくのかと考へると、停電の頻発と、電気代の大幅値上げ。徐々におこってゐる企業の海外移転と失業者増加は、 国債暴落が発生したときに問題視されても安心信仰は揺るがないだらうな。
 
平成23年11月19日(土) 
 先ほど、表紙に設置しているアクセスカウンターを見たところ1041だった。平均すると、1日に1件だから、1000番は10月中下旬 頃となる。
 訪問くださった方々、ありがとうございます。
平成23年11月19日(土) 安心 安全
 放射能の問題は、自分から見るとおかしな方向へ進んでゐる。
 7月に書いた(UPしたのは今日)ときに「科学的根拠はない」とまで書いたが、内部被曝のリスクを評価出来てゐないから過大な 安全率をかけなければならなく、他のリスクと比べると必要以上に危ないものとしてゐるといふ意味である。(一気に100mSvを受けると 癌になる確率が0.5%増す。他の病気も増へることもあらう。しかし、年間5mSvでどれだけだうなるか、判らない。「判らない」とは、 リスクはあるはずだが、いくつ、と証明可能なリスクはないといふ意味だ。一般に、無いことを証明するのは困難だからこのやうな表現 になる。経験が無いから、リスクを見積れない。安全率を過大にしてしまふことになる。)お茶の例がその典型だった。お茶葉を米のや うにバクバク食う者など居ないのに、500Bqを超えたとして捨てられた。量の概念が抜けてゐるのだ。
 さて、おかしな方向と初めに書いたのは、これら安心のための施策が国力を削ぐと考へてゐるからだ。
 天が落ちてくるのではないかと、毎日をびくびくして過し精神を病むやうなものだ。安全(実は安心)のため、僅かな放射能を避 けようと食糧を捨ててゐる。放射線量測定は食料品、人体、空間、土壌と様々な物が対象になってゐる。人体は、癌検診も定期的に行ふ といふ。低レベルにもかかはらず行ふといふ除染、健康診断。心を病むため、闇雲な検診は控へるべきと思へるが、これで安心する人が 居るらしい。さう健康診断で甲状腺癌患者が増へると心配されてゐる。
 近頃では、PPT参加問題で輪をかけそうだ。混合診療が認められると想定されてゐるが、効果の無い治療(世のサプリメント全般 (効果が認められた医薬品では無いですよ)、余計な検査や治療(甲状腺癌の検査はその最たる物か)がまかり通りさうだ。なにしろ自 由診療だし、東電に費用請求できそうだから。
無駄と思へることでも、無用の用かもしれない。然し、それにかかる労力はどれだけなんだ。こんな非生産的なことを大々的にして ゐては国力が衰へる。国力なんて自分の生活に関係ネェ、といふかもしれない。
然し、治水や地震対策、土壌改良による農業生産性の向上、品種改良、人の教育、そういふ所に使ふべき金(冨)が安心感だけで 実際のリスクが減るのでも無いことに費やすのだから、みんなが貧しくなるといふことなんだが。
 細かいことにかまはず大括りにすると、災害から復旧するよりも安心感の方が大切、といふのが現状。仕事が無ければ、ぼけてし まふよ、本当に。実際、八ヶ月経って、東北の漁業者はどれだけ漁が出来るやうになった?
 後半は、放射能と直接関係ない事を書いたが、安心優先でかへってリスクが大きくなってゐるといふことでは、同じだ。 
平成23年7月24日(日) 桃(初物) (平成23年11月19日(土)に掲載)
 桃を食べた。初物である。一箱千円(約200g×10個、特秀)で売ってゐたので。帰宅して産地を見たら福島県だった。
 放射性セシウムが原発から放出され遠くにまで降ってゐた。500ベクレルという暫定基準値を超える食品が発生して大いに害を被ってゐる。 自分たちが決めたことなのだから、その責は、自らを負うのは当然だ。問題は、自分たち=日本人(外国から見た場合)なら、その通なのだが、 日本の中での関係はおかしな事になってゐる。決めた側はたいした害を被らずに、出荷できなくなった側は死活問題である。
 そもそも、500ベクレルといふ値に科学的根拠はない。
平成23年4月21日(木) 東日本大震災 原子力発電
 更新が滞ってしまった。このところ帰宅するとパソコンを起動して商品相場に参戦してゐる。
 さて、黙ってゐられないのが震災と原発。
 3月11日は当地も大いに揺れた。もう、おさまるだらうと何回も思ったが揺れは大きくなる。揺れ方からして遠いところの地震だと判断できた ので不安は感じなかったが、あまりに長いので会議中のある人から避難しようと声がかかり、外へ出た。電柱が大きく揺れ、折れるのではないかと 心配なほどだった。東北沿岸の状況は、誰もが知ってゐる通である。吉村昭の『海の壁 三陸沿岸大津波』で三陸の津波を知ったのは30年くらい前 の事だったらうか。津波から村を護る防潮堤を見に行きたいものだと思ってゐた。それがこのやうな惨状を呈することとなるとは思ひもしなかった。 尤も、津波注意報が出ても殆どの人は避難しないといふ現実があることも問題と言はれてゐた。逃げさへすれば命は助かるのである。だからだらうか、 万単位の人が死んだのに行政の責任を問ふ声は出てこない。まだ、さういふ時期ではないのも確かだらう。
 逃げることも出来ず被災したのが福島原子力発電所。放射能漏れを起して世界的な不安を惹起してゐる。事故の程度はレベル7といふ。 然し、幸ひなことに原発では死者は発生していない。遅発性の障害の虞が無くはないが大量の放射線を浴びたといふ報道は無い。レベル7と言っても 意外と安全なんだといふ思ひを持ってゐる。避難したことで亡くなったり、取残されたことで亡くなった方がゐらっしゃったといふのも困ったことで、 避難の方がリスクが高かったと言ふことになるのかも知れない。そんな中で、想定外の被害を受けた東京電力に非難が向ってゐる。社長の辞任は既定の こととしてゐるマスコミもある。津波で万単位の死者が出たことの責任論との差には、どのやうな意図があるのか見極められるやうにならないといけない。
 フランスやアメリカの原子力技術と比べ日本のは、遅れてゐるのだと感じさせられた。事故があったときの対処が違ふやうだ。ロボット技術は 日本の得意だと思ってゐたが、原子力に関しては考慮外だったらしい。事故が起きたときのための投資よりも事故が起きないやうにするための投資が 優先されてゐたため想定外のことが起きると万歳してしまふ。マスコミも放射能漏れを針小棒大に報道し非難するから、放射能漏れを前提とした 放射線下で働くロボットの開発などあり得なかったのだらう。

 ともかく、震災でなくなった方のご冥福を祈ります。被災され困難に面してゐる方々の元気とご健勝を祈ります。また、原発の制御が出来るやう ご関係者のご健闘を願ひます。自分は、節電。そして普段と変らぬ活動を心がけつつ、関東での大地震に備へます。
平成23年1月6日(木) 新年 新幹線 八戸 新青森
 新年は両親の家で迎へた。とは言へ、父は入院中とあって普段とは違うものとなった。年を重ねるとはかういふことでもあるのだらう。
 二日は青森まで延伸した東北新幹線に乗って帰ってきた。
 新幹線は盛岡から八戸、八戸から青森へと伸びてきた。4年後の平成27年には函館まで伸びるといふ。 八戸駅が開業したのは、ほんの少し前のやうに思へるが、平成14年12月のことで8年も前のことだ。4年先ならすぐだ。現在、飛行機を使う場合と 比べると所要時間が11時間対5時間30分と5時間30分の差があるが、函館延伸で1時間30分縮まると筋の選択肢が増へて鉄道好きには嬉しい。

 昨年は、参拝した神社の数は、94社 98社(1月23日修正)だった。今年も同等数の社を訪れたい。
平成22年10月9日(土) 神奈川県神社庁 神社詳細
 神奈川県神社庁の神社詳細ページを参照したり、そのページへのリンクを作成してゐるが、10月4日深夜に開いて みると、変ってゐる。Googleの地図が載ってゐること、問合せ先に管理元神社のページへのリンクが作成されてゐること、が 目につく。社殿の写真の掲載されているページが増へたやうにもおもふ。
 厚木市の下荻野に日吉神社が二つあり、住居表示と実際の神社とがなかなか照合できなくて困ってゐた。地図があれば迷ふことが ないのでありがたい。(結局、日吉神社の住居表示は取違へてゐたので直した)
平成22年9月15日(火) 貸自転車 電動自転車
 18切符では5月15日に続いて、8月29日に焼津、9月4日には浜松へ行ってきた。どちらも貸自転車を利用した。味をしめたといふ感がある。
 焼津では観光案内所で借りた。自分の体にはかなり小さく、サドルはあと20cmあげたかったがシートピラーが短く、膝がずいぶんと 曲った状態でこがなければならなかった。フレームも車輪も小さかったわけだが。行動範囲は、歩きに比べ格段に広がった。
 浜松では、オリックスレンタカーで電動自転車を借りた。Lサイズでシートピラーをmaxまであげるとちょうどよい。ペダルに体重をかけて 発進すると、ヒューッと進む。期待以上に加速するので要注意。坂道は楽だ。15%位あると思はれる浜松城への坂道を軽々と登れた。料金は、 3時間で400円ととても手頃。
 ところで、浜松城では、若い人が大勢訪れてゐた。歴史ブームといふことなのだらうか。ボランティアのガイドがゐらっしゃり、説明して くださった。それもあって、浜松は好印象だった。残念だったことは、かき氷を食べさせる店が、暑さの中で、見つからなかった事だった。
平成22年8月23日 青春18切符 貸し自転車 熱中症
 夏休みに合わせてJR各社共通で使用できる青春18切符が発売されてゐる。普通列車であれば、乗降り自由の切符だ。
 8月1日に鹿島神宮・香取神社へ、15日には笠間稲荷神社へ行ってきた。佐原市(香取神社が近い)では自転車を借りた。味をしめて、 笠間でも自転車を借りて笠間城があったといふ山を目指した。
 今年の夏は暑い。35℃を超えてゐる中の運動がたたって熱中症になってしまった。ズボンの裾をまくり、靴下をおろし、靴を脱ぎ、 シャツの裾をまくり上げて腹を出し、しばらく佇む。石段の上においたバッグから扇子を取出すと、くらくらする。 下を向いたのがいけなかったやうだ。貧血あるいは熱い風呂で長湯した後の状態だ。仰ぐ腕がだるい。然し、体が冷えるのを待つしかない。
 根性で、等と我慢して登ったりすると上で倒れてゐたと思ふ。山は比高160メートルほど、標高205mでしかない。山を降り、かき氷を 食べると生返った。
 22日あたりにも出かけたかったが、暑さには懲りたので、家の中にゐた。あと2回は出かけたい。
平成22年7月12日(月) 厚木神社例祭 御輿 木臼
 きのふ、御輿を担いだ。ほんの10メートルほどだが。
 厚木神社の例大祭があって自治会では休憩所での接待をする役があって、お手伝ひしてゐた。休憩所のいはれは、約300年前の 正徳四年(1714)のお祀りで、御輿が相模川に入ったときに御輿の扉が誤って開いてご神体が河の中に落ちて行方不明になったのが、翌年に 告原伊部衛の霊夢を得て河の中から見つけ出したのを、木臼の上に安置してあった所といふ。
 御輿を担ぐのは初めてのことで戸惑ったが、貴重な経験をさせてもらへた。厚神会のみなさん、自治会のみなさんありがたうございます。
 自治会のメインイベントは子供御輿の巡航。小さな子が多く、御輿は担がず台車に乗せ、小さな子はぶら下がるやうにして押してゆく。 昭和三年の制作といふ。
 神社御輿の宮入は19時から。神職がご神体(の入ってゐると思はれる入れ物)を御輿から取出し、ご本殿に戻してお祭が終った。
 皆様お疲れ様でした。
平成22年6月20日(日) 藤原正彦 エネルギー・資源
 今月の文藝春秋に「日本国民に告ぐ」(藤原正彦)と題した文章が載ってゐて、紹介文を読むと「国家の品格」を著したとある。 読んでゆくと、文章の調子から、『週刊新潮』に連載してゐる人なのでは? と気づいた。毎週読んでゐて、当人が書いてゐる数学者と いふこと以外知らずにゐた。
 内容については何の異論も感じない。批判的に読むといふ観点からは問題かもしれないが。

 実現はむづかしいことに思へるが、アメリカによる洗脳が解けたとしてだうなるかを考へる。国としての行動は当然変るだらう。 一方、人々の生活は、個人の自由偏重を戻すには別な力が必要だろう。また、必然的に変る。

 今の生活は、乗用車に乗ってどこへでも自由に行けるといふ状況にあるが、これは、諸外国からものがどんどん入ってくる ことでもある。安い賃金でつくったものを大量に運び、郊外にあるショッピングセンターで販売し、車に乗って買ひに来る。これは生産者の職 を無くし、中心商店街をシャッター通りとしてきた。よく言はれてゐることだ。然し、これが成立つのは、いってみれば、安価な石油の供給が あったからこそである。ひとは、二酸化炭素排出量削減しようといひながら、その実、経済発展を望んでゐる。車が売れたといって喜んでゐる 訳だ。欲を社会主義的政策でコントロールできるとしても、外からのものの出入りが自由ならば、長くは維持できない。

 別な力とは、資源の減少・枯渇である。人類は、火を使へることで資源を利用し、生存に役立ててきた。特に、エネルギー源を得た産業革命 以降の人口増加は著しい。石炭・石油を容易に利用できたからである。生物学的に考へると、人口が倍々と増えてゆくと、食糧難、病気、天敵、 環境悪化で増加から一転、激減し元に戻ることになる。人類の場合、天敵は無いが、人口増加を支へてきたエネルギーが不足すると今の心地よい 生活を支へてゐることの多くが失はれる。食糧に関してならば、肥料・農薬・農業機械・生産物の輸送に支障が生じる。生存に必須である食糧の 不足に通じる。使へる資源は有限である。海の底にメタンハイドレートとしてエネルギーがあるといっても採掘にもエネルギーが必要であり、 収支が十分なプラスにならなければ、掘るだけ損だ。在っても役に立たない。
 エネルギー不足となると、否応なく地産地消となる。運ぶコストが高くなれば、近くでの少量生産へと流れが変る。物の入手が簡単では なくなると、使ひ捨ては避けられる。ごみの発生は減る。通勤をはじめとした活動圏は狭くなり、人とのつきあいは近隣が重要性を増してくる。 核家族化も変るだらう。核家族化を支へたのもエネルギーなのである。
 社会の活動量は、悪くすると、産業革命以前に戻ることとなる。そのときの日本人の心は、アメリカによる洗脳から解放されてゐるよう 望む。さうでなければ、自由度が減り、物も有余ることが無くなったといふ不幸せだけを感じなければならなくなる。

 二世代(50年)先には、別な力が顕在し始めるころかもしれない。核融合によるエネルギー利用や、太陽電池・太陽熱による発電が火力 発電に置き換ってあまりあるやうにならなければ大いにあり得るシナリオだ。今あるエネルギーを乗用車や大型テレビの視聴に費やすより、 太陽電池・太陽熱利用設備に向ふやう政策をとらなければならないと思ふ。

(平成21年7月10日の仮名遣を直した。)
平成22年4月11日(日)  パソコン 靖国神社
 3月最終の日曜日は、パソコンを新しくした。使ってゐたのがセーフモードでなければ動かなくなったので、経年数を考慮して、新しくした。 OSがXPからWindows 7 となりいろいろと戸惑った。画像のレタッチソフトは今日になってインストールして、縮小画像を作れるやうになったので、 これまでのようにUPしてゆけるだらう。
 今年は花見に何回か行った。今までにない年だった。昨日は、靖国神社と千鳥ヶ淵あたりを歩いてきた。靖国神社は二回目だったが、季節が違ったせゐか 全然印象が違ってゐて驚いた。参拝される方も多く拝殿前には列ができてゐたほどだった。花は、盛んに散ってゐて満開の時にもきてみたいと思ふ。都心にあり 交通の便もよい。何度でも訪れ、大きな鳥居をくぐって心を新たにするとよい。 
平成22年3月14日(日) 比々多神社 
 今日の日曜日、自転車で神社へと出かけてきた。三宮の比々多神社とその周辺の神社。4時間20分で30.9km走ってきた。下調べして 16社の場所を確認し、地図をもって出かけたにもかかはらず、予定してゐなかったところに神社があって参拝したり、意外なこともあった。訪れた のは8社。
 大きな木を見慣れてきたせゐか、2年前に見て雨宿りした三宮比々多神社の拝殿前にある杉の木が『思ったほど大きくはないな』と感じてしまった。 鶴岡八幡宮の大銀杏が倒れたのは、多くの人が親しんできたから特に残念だったが、大きな切り株は時々見かける。それらも何百年、もしかすると 1000年の歳を重ねたものだったかもしれない。今日参拝した明神社では、御神木は二代目だった。人より長命には違ひないが寿命はある。種か、 挿し木か、ひこばえか、手段はあらうが、代を重ねてもらひたいものだ。
平成22年2月11日(金) 建国記念日
 このところ新たな神社への参拝は少ない。寒さのせいもあり外に出たくない。
 そんな中、9日には都内に出た際、東郷神社に参拝してきた。地下鉄千代田線の明治神宮駅下車、JRだと原宿駅が最寄り駅となる。 山手線を挟んで明治神宮とは反対側にある。
 東郷元帥は、戦果は自分の手柄とせず積極的に部下の手柄としたといふ。単に、日本海海戦の勝者といふだけでなく、人として 立派な方だったやうだ。神社では、特年兵の碑の裏側にある碑文を読んできた。14歳という若さ、幼 さといふべきか、痛々しい。一万余人が志願し、五千人が戦死したといふ。かういふ人たちも国を支へたのだと思ふ。碑の前では頭を下 げざるを得ない。
 日本海海戦は吉村昭の小説で知ったが、題名が思ひ出せなかった。調べたら、『海の史劇』。30年を経てもう一度読むと違った読 み方が出来るのだらうが、実際に二度読んだ本といふのは、片手くらいしか思ひ浮かばない。他の人はだうなのだらう。
平成22年1月11日(月) 新年 
 久しぶりに参拝神社を掲載。
 塩野七生の『ローマ人の物語』(文庫)を何年か前から読んできて35冊目まできてゐる。時代はローマの政体が絶対君主制に変はってき たところである。軍と元老院の人の行き来が禁止されたり、キリスト教が問題視されたりしてゐる。前者は、広い視野をもった人物の育成に 支障をきたす(良い指導者を得られなくなる)といふ問題となってゆく。現在の徒な官僚たたき、少し前の派閥批判と類似性を感じる。後者は、 キリスト教が台頭してくるのだが、それを許したのは、人々が不安を抱き自分から何をしようといふのではなく神に導いてもらはうといふ気持ち になったことにあるとしてゐる。今の日本も、政権交代といふ実体の不明なスローガンに乗ってしまふ人が多いのを見ると、ヨーロッパでは中世を 迎へるのと同じやうな道を進むのかと気をもんでしまふ。
 今年の初詣は、9日に厚木神社を詣でた。少年野球のチームが引率されて来てゐて、手水を使ってゐるところだった。引率者に、先に使ふ やう勧められたが、さうは行かぬと、待つ。少年達が皆おはったら、引率者が私たち一般参詣者に挨拶された。よい子に育つだらう。
平成21年12月12日(日) 参拝200社
 昨日、隣市の4社を訪問し参拝した。丁度、200社。
 200社目は、神奈川県伊勢原市池端にある御嶽神社。南西150メートルほどの所にある蔵福寺の鬼門除けとして510年前に創建されたと 参道入り口にある看板に書かれてゐる。看板自体は文字が消えてゐるところもありそれなりの年月は経てゐる模様。
 参拝して境内を歩いてゐると銀杏が落ちてゐる。この季節なので一月ほどこの状態で落ちてゐたのではないかと思ふ。粒が大きく、 これはもったいないと頂いてきた。お礼に、若干のお賽銭と掃除をしてきた。
 今日は、その銀杏の実を取り除き種を取り出し、水洗ひした。近所にはにほひで迷惑をかけたかもしれない。
平成21年11月1日(日) 蛎殻町
 先週の25日は、日本橋の蛎殻町に行ってきた。商品先物取引の会社(取引員)の多いところだ。東京穀物商品取引所がある。自分が 口座を開設してゐる会社もある。
 地下鉄人形町で降りて、銀杏八幡神社と小網神社に回ってきた。人通りは無かった。日曜日だから当然か。
 駅からは、東穀取、カネツ商事の前を通った。かつて、カネツ商事にネット口座を開いたときにここまで来たことがある。たいそう 立派な建物に見へた。空間が多く、贅沢さを感じた。取引はPHSを介してネットにつなぐといふ、実演をして説明を受けた。いま、その口座は、休止中だ。 会社の方も本社を移転するといふ。
 そのときは、東穀取にも寄って、取引してゐる様子を見学した。もはや立会ひは無く、コンピュータを使った取引だ。ハナの様子がそこで初めて 目に出来た。取引員ごとの数字が並んでゐる。新鮮だったな。
 参拝は、取引がうまくゆくやうに、ではなく、他の神社でと同じに、「こんにちは」との挨拶です。
平成21年10月3日(土 中秋) 掲載社数 図書館
 今日の更新で、101社の掲載となった。節目の100社を超えたが、まだ始まったばかり。
 厚木市立図書館に行ってみた。どのやうな本があるのかと興味津々。厚木市史には社寺の資料編や小祠を調べた資料があり、役に立つ。 もう一つ、意外だったのは、近隣市町村の資料も在ること。現地の図書館とは充実度は違ふだらうが市史や町史が読めるのは有難いことだ。
平成21年9月23日(秋分の日) 掲載ペース 二酸化炭素削減 地方主権
 今、17:33。連休ももう終はる。おとといは敬老の日ださうで、幾つもある月曜の祝日の一つといふ意識しかない。9月15日といふ記憶は忘れない。
 厚木市内のいくつかの神社紹介を新たに掲載したが、現地訪問とインターネットでの調べが中心になってゐる。厚木市に関しては「厚木の歴史探訪5」 (厚木市文化財協会 2007年1月発行、17名の方が執筆されてゐる)が大いに役立ってゐる。インターネットでの調べは、神社名と地名を入れて検索してゐる が、自分の作成してゐるwebページが選び出されてくる。検索されて結構なことなのだが、実はリンク先となるべきページが未だ作成されてゐないので、 問題と思ってゐる。参拝してからも、半年以上もすぎてゐるから、季節は真逆になってゐるのも問題だ。掲載ペースを上げなくては。

 鳩山総理大臣が国連で1990年比25%の二酸化炭素排出量削減を表明して大きな拍手を受けたといふ。拍手の意味を、「日本よ、良くやった」「日本 の存在感を示した」といふ思ひで報道してゐるし、そのやうに視聴者も受け取るのだらう。内情を知ってゐる人は、「だうやってそんなことを実現するのだらう」 と思ってゐるかもしれない。他にもあるだらう、さう、日本が経済的に衰退するならその分利する国がある、といふ側面。身近なところでは、オフィスや 家庭からの二酸化炭素排出量は現在比40%の削減が必要といふ。技術の進歩でまかなへない部分は、照明半減・テレビ使用半減・入浴半減・自動車や 飛行機を使った外出半減、等々で辻褄を合はせるのを受け入れてゐるのだらうか。今のうちに、高速道路走り放題で走り納めか。

 江戸時代の江戸は、一家族三坪(土間兼台所+四畳半、押し入れなし)の長屋に住む人が多かったと、江戸東京博物館で見てきた(21日)。地方での生活は だうだったのだらう。典型的な農家の建物が展示されてゐることがある。それを見るとそんなに狭いことはなかった。面積の絶対値は違ふにしても現在も 家の広さに違ひがある。個人個人の価値・権利は住居面積のやうに本来は異なるのではないか、人口に比例した権利ではなく、経済力や武力を背景とした 国連で言へばの常任理事国のやうに軽重があるのではないだらうか。地方分権と言はれるのにも通じるものがあると考へてゐる。(「地方主権」といふ言葉は をかしなもので、主権は国家にしか無く、行使するのは政府である。「主権在民」を個人個人に主権があるのだと誤解してゐる者が「地方主権」などと言っ てゐるのだらう。いふなら、自治権だらう)
平成21年8月30日(日) 総選挙
 総選挙は民主党が圧勝である。三分の二議席を超えるのだらうか。
 精神面で日本が毀れるのではないかと心配してゐる。戦没者の慰霊もしない(無宗教の追悼施設云々といってゐるので霊を認めてゐない訳だ)といふから 国の体をなさなくなると私には思へる。経済に関してはデフレ対策がないし、二酸化炭素削減目標を加味するとデフレ促進なので、失業促進となる。生活が成り立たなくなる。 深慮遠謀がないのではないかとの心配も、自民党に対して以上に強い。
 一つ、自民党の保守を自認してゐる人たちには靖国神社、護国神社に参拝してほしい。特亜からの干渉も減ると期待ができるし。
平成21年7月10日(金) 仙台駅 東側
 6月30日(火)に仕事で仙台へ行った際、近くの神社に参拝してきた。
 仕事終了→和光神社小田原八幡神社 鹽竈神社→仙台駅→自宅
 朝は雨。昼にはあがってゐた。半袖で歩いてゐると肌寒い。16時半くらい、と夕方と言ふこともあり、足早に歩く。荷物を持って急ぎ足 なので汗ばむ。
 事前に調べておいた三ヶ所に行きたいと思ひ、北へ向かって歩く。高架線路の手前まで来たら左(東)へ行けばよい。建物と建物の間には 空き地が結構あるし、道路工事をしてゐるところもある。小田原八幡神社・鹽竈神社と回るうち、再開発中といふことがやっと判った。
 45号線に出たので東へ向きを変え地図を見ながら歩く。一本南よりの道路に筋を変えて、また東へ少し行くと右前方に神社の入り口らしき 物が見へてきた。和光神社だ。神明鳥居の笠木は苔むしてゐる。頭を下げてくくると左手に手水舎があるが、水はない。そのまま進んで参拝。 拝殿は北を向いてゐる。縁の先のほう、雨が当たりやすいのだらう、腐ったのかかけてきてゐる。 境内は、人があまり歩かないとみへ、土が軟らかい。でも雑草が生へてゐるわけではなく、相応の手入れはされてゐる様子。戻って、参道入り口 の石標を見ると「鉄砲町」「明神横町」とあり、本殿側の面には名前の由来がかかれてゐる。神社がもとは和光明神といったのでその名前が横町 の名前に残ってゐるといふ。
 和光神社を後にして、小田原八幡神社を探す。神社の南東側に来たとき、社殿が見へてきた。建物が無く駐車場になってゐるから見通しが きいた。北側の入り口に向かふ。入り口には社標がある。新しい。左手は、建って日の浅いと思はれるマンションが、右手は平屋の古い家があり、 トタンの波板かと思はれる塀が鳥居の所までの30メートルほど続いてゐる。本殿の背後は、これも10階以上在るだろうといふ鉄筋コンクリートの 建物。将来は、ビルの谷間になりさうだ。本殿はさう新しくはないが、土台は新しく、境内地には細かめな採石がしかれてゐる。御輿殿は新築さ れてゐるやうだ。「社殿並びに社務所新改築奉賛芳名簿」が掲げられてゐて平成14年6月の日付がある。鳥居と本殿に扁額がかかってゐるが、 どちらも「八幡神社」となってゐる。社地は狭いが、木を何本か植えてある。大きくなるのも困るだろうが、ビルの谷間となったときには 癒しの空間となるだらう。
 ゆっくりしすぎてはいけない。帰宅の時間が遅くなる。
 45号線を西に向かふ。仙台駅の方向である。
平成21年6月19日(金) 厚木市内
 一月前にゆけなかった棚沢へ行ってきた。一番遠い三島神社までは直線距離で8km。
 自宅(13:32発)→浅間神社(藤塚、14:06着)→諏訪神社 (下川入)→天野神社 (愛川町坂本)→三島神社(棚沢市島)→皇大神社(16:16発)→帰宅(16:54着)
 この中で宗教法人として登録されてゐるのは、諏訪神社、三島神社、皇大神社。
 午前中は所用で出かけ、帰途、神社を知るのに参考になるものはないかと郷土博物館に寄った。厚木の地名¥6500、厚木市史寺社編 ¥5000位?があったが少々値が張るので見合はせた。
 厚木の神社境内には子供のための遊具が置かれてゐることが多い。今日訪れた、諏訪神社・皇大神社にも置かれてゐて、共に一組の 親子が遊びに来てゐた。写真を撮るには邪魔。撮られる側は迷惑だらうから写したくないし、webに載せるにも気遣ふ。人が在っての神社だから、 人が写ってゐた方が良いのだけれどね。
 歴史を知ると、それだけ書くべき事を練らなくてはいけなくなる。たとへば、江戸末期あるいは明治初期の村の戸数が判ると、 「100戸に満たない人たちでこの神社を維持してきたのか」といふ感慨を書きあらはしたくなる。しかし、もっと知ると、どこでも似たやうな 状況だったといふことが判ってくるかもしれない。半可通では書けないといふことだ。
 例に挙げた、氏子の戸数はつい最近知ったことで、現代は人口ばかり多くて精神的にはあをい(green、未熟)な気がしてきた。
平成21年5月15日(金) 厚木市内
 厚木市内には57の宗教法人となってゐる神社がある。全部参拝するのを当面の目標としてゐる。37社参拝したのであと20社ある。
 今日は、相模川沿ひにさかのぼって棚沢までゆかうと計画。場所を確認し地図を印刷したら11時に近くなってゐた。全部は回れないかもしれない。
 カメラを2台持った。画像サイズを小さくするには、F30(富士写真フイルム)がよく、10kB台のサイズになる。F100を使ふと 同じサイズに縮小しても30〜50kBになる。 F100の方が画角が広く画素数が多いので主にこれを使い、webに乗せようと思ふものはF30で撮影するつもりだ。
 10:56出発(自転車)。南風が強く楽ちん。国道129号線にでて、金田神社を左手に北へ走る。最初の八幡神社で写真撮影中 F100の電池が残り少なくなった。充電が必要とは気づかなかった! F30が頼りとなった。
 国道129号線は東側の相模川、西側の中津川の間の段丘を南北に走ってゐる。白笹稲荷神社は中津川側の段丘下、御嶽神社は 相模川側の段丘中腹と上り下りが多く脚力を使ふ。段丘の下は水田となってゐる。水を張り代掻きが始まってゐる。そんな中を見慣 れぬ者が自転車でうろうろ。神社の森の中へ。不審気に見られたかもしれない。それでも、計画になかった祠(山王社)も参拝できた。 依知神社を15:54に出た。
 風向きも考へ、棚沢へは自重し次の機会にゆくことにして帰途についた。向かひ風が手強い。
 八幡神社(下依知)→浅間神社(中依知)→日枝神社(関口)→大六天神社→白笹稲荷神社(関口長坂)→日枝神社(関口長坂)→ 御嶽神社(関口)→山際神社→天神塚→中神社→熊野神社(猿ヶ島)→山王社(猿ヶ島・新開)→浮島神社→日枝神社→依知神社
 宗教法人は7社。計44社。あと、13社、遠いところが残ってゐる。
平成21年5月10日(日)
 雨がちな天気も困るが、暑いのも困る。相模原市の東林間神社に参拝しにでかけたが、室内から戸外に出るとむっとする暑さ。 冷房を入れてゐるわけではないが、コンクリートが暖まってゐないのだらう。神社は最寄り駅の東林間駅(小田急線)を降りて数分なのに汗が出る。
 全国では30度を超へてゐるところもあり、5月として観測史上1位の観測が45カ所もあった。数が多いのには驚きを感じるが、 統計開始年が1979年のところが多く、41カ所はアメダスによるもの。数に驚いちゃいけない。
平成21年05月05日
 今日は天気が悪く、1日にアップしたファイルの手入れと、参拝神社リストを作成した。
 HTML文書の手入れは、(1)head情報の入力、(2)画像の枠線入れ、(3)画像のalt入力、(4)ファイル名変更。 神社ごとのファイル名は緯度経度の数字を使ってゐたが、リストを作成したのでその番号とした。13桁が3桁に減ったので識別しやすく なった。カウンター設置。
 それにしても手間がかかる。
平成21年05月04日
 都内の駒込駅から王子駅まで散歩した。途中、妙義神社・旧古河庭園・平塚神社・飛鳥山公園・王子神社に寄った。 七社神社・王子稲荷神社は、時間が無くまたの機会となった。
 暖かく、気持ちの良い日だった。歩行数:13000歩。
平成21年05月01日 日中
 鎌倉駅から鶴岡八幡宮、荏柄天神社、鎌倉宮を参拝して鎌倉駅へ戻ってきた。八幡宮では、旗上弁財天を参拝し 御朱印をいただいた。存在を知らずにゐた。鎌倉宮では、土牢等を見学し充実感があった。帰り道、八幡宮近くで 稲荷神社があって、奉納者の札を見ると「築山稲荷社」とかかれてゐる。
 歩行数は、14000歩。
平成21年05月01日 未明
 一週間ほど前から無料HPの開設を検討してきたが、とにかくやってみることにした。
 今まで作ってゐたファイルを簡単にUPできた。
 問題は中身。誰が見てくれるのか?



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