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雑記


令和5年9月8日(金) 目標は遠い
 今年も早8ヶ月、三分の二が過ぎた。
 今年の県内神社参拝社数は、15社。別表神社は4社。目標は遠い。
 目標にほど遠い状況になった原因に、(1)2月から整形外科に週3回通い始め、現在週2回となってゐるため、(2)将棋に毎日2時間程費やしてゐること、(3)訪問記の内容がその土地の歴史にまで調べて記述するやうになり、時間を多く使うため、が大きい。加へて、(4)暑い夏。追打ちで、(5)8月末に発熱し、今日になって、やっと復調した。(多分、新型の流行病)。
 目標達成のためには、今、何をしなければいけないのかを考へ、実行するのが筋。
 結論は、ざっくりと、「最高気温が30℃未満になったら出かけよう」

令和5年1月4日(水)
 謹賀新年
 年頭に当り、昨年をふり返るとともに、今年の目標を記します。

 表  目標と実績・新年目標
         3年実績  4年目標  4年実績(目標比) 5年目標
 参拝神社数(県内) 83社     60社    51社(-9)    60社
  〃   (全国) 135社     ─     102社       ─
 別表神社数     3社     15社     0社(-15)    15社
 Web掲載社数   152社     120社    85社(-35)   120社

【4年を顧みる】
 令和4年の武漢発新型コロナウイルスの蔓延は、感染者数では前年よりも多くなったものの、重症化・死亡率が下がり安心感が醸成されてきた。
 県内神社巡りは、2月下旬から4月上旬に6回、10月下旬に1回出かけた。その後、腰痛・腹痛が発生し癒える頃には12月となり年末を迎へた。県外神社は6月中旬に北海道のオホーツク方面を中心に5日間で50社を巡った。
 別表神社巡りは、比較的人の多い所へ行くため、感染動向を気にしてゐる間に機会を逸してしまった。
 外出時期は、新規感染者数の谷に近い所での神社巡りとなってゐた。いま見返して、改めて確認出来た。

図 新規感染者数の推移


 訪問記のweb掲載は低調。将棋を指してゐる時間・将棋の動画を観てゐる時間が長かったため、時間が取れなかったのが原因。将棋は4月から年末までに1519局指してゐた。
 web環境について。11月にFC2との契約を有料版に変へて掲載容量を増やした。当分、容量の心配はいらない。暗号化(https化)を8月に行った。物やお金のやりとりはしないので不要な気もするが、暗号化が当り前となってきたと判断した。
 
【5年の展望】
 令和5年は、令和4年目標とほぼ同じとした。昨年と同様、新型コロナ感染の影響を見積りがたく、尤と思へる根拠をもって数値を挙げられない。
 訪問記web掲載は、時間の使ひ方の調整でなんとか沢山上げてゆきたい。将棋は楽しみとなってゐるので続ける。

令和4年7月3日(日)
 このところ将棋に時間を割いてゐる。
 オンラインで指せる「将棋ウォーズ」での対戦を4月から始めて572局指した。5月2日に4級から3級に昇級したあと、2ヶ月間昇級できないでゐる。10分切れ負けなので高齢者に仲間入りした身には辛い。後一手で詰んでゐたのに時間切れ負けを喫することも何回かあった。早く指せば良いだけなのだが、さうは行かない。
 神社巡りは県内45社、県外は昨年に続いて北海道で50社の計95社。異様に早い梅雨明けで外を歩きたくない。秋まで休止と思ふ。
 訪問記のweb掲載は、50社。遅れてゐる。将棋との両立をせねば。
令和4年1月2日(日)
 謹賀新年
 年頭に当り、昨年をふり返るとともに、今年の目標を記します。

表  目標と実績・新年目標
          2年実績   3年目標   3年実績(目標比)  4年目標
 参拝神社数(県内)  57社      60社     83社(+23)     60社
  〃   (全国)  90社      ─      135社        ─
 別表神社数     18社      15社      3社(-12)     15社
 Web掲載社数    120社      120社     152社(+32)     120社
 
【3年を顧みる】
 令和3年の武漢発新型コロナウイルスの蔓延は、前年よりも広がり社会不安を招いた。特に、8月から9月半の感染者数は殊に不安が大きかった。そのため、ワクチン接種は7月10日に終ったものの、旅行に行ける状況に無かった。
 この様な状況で、別表神社の参拝は限られ、三社に留まった。
 他方、神奈川県内神社の参拝は、4月末迄に67社を数へ早々に目標に届いたが、コロナ感染状況や県外神社参拝が有り、伸び悩んだ。県外神社としては北海道内神社が45社と多くを占めた。
 web掲載は、外出の機会が減ったことも影響してか、152社と目標を26%上回った。

【4年の展望】
 令和4年は、令和3年目標とほぼ同じとした。新型コロナ感染の影響を見積りがたく、尤と思へる根拠をもって数値を挙げられない。目安である。
 なほ、県内未参拝社が500社余あるので、年に60社だと九年を要する。ちょっと長いので上乗せを考へる事にする。
 当サイトの容量は800MB程となった。写真サイズを大きくしたのでどんどん増える。今は、動画の掲載は考へてゐない。


令和3年3月6日(土) 緊急事態宣言延長
 今日、令和3年3月6日現在、所謂新型コロナウィルスといふ武漢発のウィルスによって緊急事態宣言が出された状態にある。3月7日には確実に解除されるとみてゐたが、訳のわからない理屈で解除は延期された。
 昨年春から外出の自粛を呼びかけられてゐる。一時gotoトラベルがあったものの叩かれて中止になったままだ。
 私的には、昨年8月に、山北町にある観光地洒水の滝・丹沢湖・箒杉を訪れた。借りた車で行く分には感染しにくだらうと、憂さを晴しに行ったのである。秋には奈良・京都へ神社巡りに出かけた。感染者の減った今は、県内神社参拝に出るのは感染の可能性は充分低いとみて、鉄道・バス・徒歩で出かけてゐる。みどりの某が云ふ「ステイホーム」は意に介さない。都民じゃないし。
 いま、当文書では昨年8月の山北町の神社巡り時の神社紹介文作成に当ってゐる。境内に由緒の掲示が少ないことから町史などを見て参考にしたい、出来れば引用したい、と考へてゐたが図書館は閉館し、それも延長となった。調べられない。些か、残念。
 掲載順の変更も考へ始めた。由緒などの調べ事の必要ない、有名神社を先に掲載しようかと。
 
令和3年1月4日(月)
 謹賀新年

 当サイトをご覧戴きありがとうございます。
 年頭に当り、昨年を振返り、今年の目標を記す。
 毎年、何が起るかわからないもので中国武漢発の感染症で旅行はおろか、近所の外出もはばかられることもあつた。今年(令和3年)は、昨年11月以降の感染の拡大を受けて、緊急事態宣言が取沙汰される状況で先は見通せない。それでも感染する条件は明らかになってゐるので徒に怖がることはない。自分一人の問題でもないから、慎重さは必要だが、宿泊を伴ふ旅行にも行くつもりで、別表神社15社参拝を目標にした。県内神社は控へめな60社。一度に多くを巡らず、身体に負担を少なくして実現したい。数値で表したものを下表に記した。
 当サイトの容量は、430MB。半年で倍増した。写真サイズ拡大の影響は甚大だ。1年後には、容量アツプを考へる必要が出そうだ。

表  目標と実績・新年目標
        31/1年実績   2年目標  2年実績(目標比)    3年目標 
 参拝神社数    64社     県内60社    57社(- 3)     県内60社
 内 別表神社   0社      15社     18社(+ 3)       15社
 Web掲載社     75社      150社    120社(-30)       120社

令和2年9月12日(土) パソコンの3画面化
 パソコンの画面を3画面とした。
 昨日、ワイド23.8インチのモニターを購入し、縦置きで使用し始めた。いままで使ってゐた19インチ画面(凡そ30cm×38cm)の置換へとして。使ひやすくなったが、今ひとつ。
 今日、19インチモニターを復活させ3画面とした。USBポートから外付グラフィックアダプターを介して簡単に増設できた。
 かういふのは、勤めてゐたり、親しい知人がゐると教へてもらへるのだらうが、無職になってから四年半。youtubeの2画面を進める動画を復習のつもりで見てゐたら、3画面の絵が写ったこと、モニターは結構安く手に入ることで、調べたら、縦置きで使えること、USB接続で増設できることが判り、始めにモニターを購入してみた。縦置きがしっくりこなかったら横置きとなるが、横置きで机に3画面にするだけの広さが無いから。結果、縦で良かったし、画面の広さに今一つ感があって、増設した。
 便利だ。
令和2年6月20日(土)  武漢肺炎 写真サイズ
 武漢発の肺炎で緊急事態宣言が発出されるなど、制約の多い日々が続いてゐる。3月下旬に予定してゐた高千穂神社他を巡る旅行も、中止となり残念な思ひをしてゐた。かといって、web更新も気乗りせず、病に関するツイッターやyoutube等を見てゐた。
 5月末になって、県内の神社を巡りはじめ、二週間で28社を巡った。歩行はゆっくり、長時間にならないやうに、短距離でもバスを利用して膝痛に気をつけてゐる。訪れるお宮は、平時は人の集るやうなお宮ではないので、マスクは鉄道やバスの中だけでしかしてゐないが、それでも鬱陶しい。 抗体保有率が1000人に1人といふニュースが6月16日にあった。バスに30回乗ると1人に出会ふ割合だ。感染者に出会う確率となれば、その1/10以下だらうし、その人から感染する確率はさらに1/10。となれば、3000回乗車で感染か……。現状の混雑状況・感染状況で、マスクは必要なのだらうか。

 次のやうにwebを少し変へてみた。
 このサイトを作成してから11年を経てゐる。この間に環境が変ってきて、通信やデータ保存は格段に容易となってゐる。それならば、と、写真サイズを大きくし、更に大きな写真も用意した。より詳細に見える。御朱印も、印影が読みやすくなる。少し続けてみて、必要なら手直しをしたい。
 現在は、無料使用してゐるレンタルサーバーは容量1GB上限で、現在は 0.22 GB の使用に留まってゐる。最近の1頁あたり容量は300kB程度で、本日からは3MB 程度となる。となれば、250頁、2年程度で上限に達する。その頃には有料版にして上限枠を 10 GBにまで拡げるつもり。それなら、あと2000社は掲載できる。一生続けられさうだ。
 
  開始    6月20日掲載の、1282_豊平神社 から
  写真サイズ 従来  :横×縦= 320×240ピクセル
        今回から:横×縦= 450×388 〃   (面積は2倍)
        拡大写真: 〃 =1280×960 〃   拡大写真掲載時
  御朱印画像 従来  : 〃 =約225×320〃
        今回から:拡大時 約500×640〃   (面積は4倍)
令和2年1月11日(土)
 昨年、テレビで良く耳にしてゐた楽曲(歌)のサビ部分があった。曲名も知らなかったが、3日前に、通しで聞けた。
 記憶に残る音楽は、そのときの出来事と抱き合せになって記憶に残ってゐる。平成になってからは好んで聞くやうな新たな楽曲は無かったが、この曲はテレビ番組の中で使はれてゐたので耳に残ってゐた。
 HTB(*1)が製作・放送してゐる「イチモニ」(*2)の中で使はれ、天気予報では「空とハーイ タッチ」と掌を頭上に挙げてゐた。最近、同局製作の「チャンネルはそのまま」を神奈川県のローカル局が放送したのを見たとき同じ曲が、「おにぎりあたためますか」を見ても同じ曲が流れ、???(何・何・何)と思ひ調べたら、開局50周年記念でドラマを作成してをり、楽曲名は「ハイタッチ(Rihwa ver.)」(*3)。YouTube(*4)で通しで聞いた。聞取れてゐなかった歌詞「ハイタッチ」部分も聞取れた(笑)。天気予報のハイタッチの意味が通じた、やっと。介護で過した時間とイチモニで聞いてゐた楽曲が結びつき、聞きたいときに聞けるやうになった。ただ、良いのか悪いのかは、判らない。
 50周年と聞いて、思ひ出したのは、親が新しい放送が始るからUHFのアンテナがどうとか云ってた事。アンテナの向きは西だった。今、地図を見ると確かに中継所があった。中学生の頃だ。あの頃はそこそこの人口があったからなぁ。でもノイズが多かった。昔のことを思ひ出してばかりでは致し方ないか。

 平成30年の別表神社参拝は8社に訂正した。
 膝は、数分の歩行では痛みは無くなった。街歩きは、我慢。
 記憶は誰のものか、等と哲学的なことも考えるのも良いかも知れない。

(*1):北海道テレビ放送
(*2):朝の情報番組、8時まで放送
(*3)歌詞の一部:ハイタッチ もう一回 心が並んだ 頑張れ OHマイフレンド 見上げればハッピーハッピーDAYS
(*4):ドラマ「チャンネルはそのまま!」主題歌「ハイタッチ(Rihwa ver.)」HTBイチモニ!振り付け編
 
令和2年1月4日(土)
 謹賀新年
 当サイトをご覧くださり有りがたうございます。
 一昨年・昨年と新規掲載社数が思ふ程には増やせずにゐました。個人的事情から、やむを得ない事だったと受止めてゐます。
 今年は、左膝の具合と相談しながらの神社巡りとなりさうです。
 皆様のご健康とご多幸をお祈りいたします。(1月4日)

 昨年の反省と、今年の目標
 上に「左膝の具合と相談しながら」とした。依って、今年の希望的目標は別表神社参拝15社、神奈川県内参拝社60社以上等とする。

表  目標と実績・新目標
        30年実績(目標比)  31年目標   31/元年実績(目標比) 2年目標(希望) 
 参拝神社数   114社 (-74)   前年と同等   64社(-50)     神奈川県内60社
 内 別表神社   78社 (-32)    〃       0社(-78)       15社
 Web掲載社     84社(-136)    〃      75社( -9)       150社

 令和元年の実績は、12月9日に記した事情があり、参拝社は総て北海道内の神社だった。webへの訪問記掲載は、自宅では二画面で作業してゐたのが、PCの画面だけとなって不自由を感じた事もあり、数が伸びなかった。環境は戻ったことだし、今年は精を出したい。
令和元年12月09日(月) 近況
 親が亡くなり、四十九日が過ぎ、当サイトの更新を再開した。
 人が亡くなる事について思ふこと、残された記録・品物をみて思ふ事、色々ある。ただ、ここに記すべき事なのか考へると、記すとしても当然ながら選別しなくてはいけない。自分の日記に文書化してから、意味あると思う事を要約して、後日記載する事とする。
平成31年01月01日(火)
 謹賀新年
 本年もよろしくお願ひします。
 昨年の反省と、今年の目標について書くべきと思ってゐる。しかし、自分ではどうしようも無い不慮の事があるので、目標を云々するのは不適切と思ふ。よって、今年の目標は昨年と同等、とした。

表  目標と実績・新目標
         29年実績  30年目標 30年実績(目標比) (31年目標) 
 参拝神社数   179社    188越え  114社 (-74)   (前年と同等 )
 内 別表神社   13社    10以上   78社 (-32)   ( 〃    )
 Web掲載社    214社    220以上   84社(-136)   ( 〃    )

 30年の実績は目標に比べ大きく見劣りするが、こんな評価できることもあった。5月にはかつて住んでゐた夕張の神社を45年ぶりに訪れたこと。北海道神社誌を図書館で閲覧するなど情報収集できたこと。11月には幼少時に遊び場としてゐた江別神社の石碑をよその神社で見つけたこと。個人的には有意義だった。
平成30年09月17日(月) 胆振東部地震 ブラツクアウト
 旅行した。
 ・予定:9月2日から三泊四日で道内神社巡り、のち、苫小牧の親の様子を窺ひ、8日帰厚。
 ・実際:9月12日帰厚。

 具体的には、2日に自宅を立ち、別表神社三社を含む26社の神社巡りを5日に終えて札幌北口営業所に車を返却。苫小牧へ行きたいが、前夜の暴風(台風21号)による飛来物で鉄道は運休。札幌駅前からバスで苫小牧駅前に行き、市内バスで親の家に着いたのは夕方。翌日(6日)未明に震災発生。7日の母の通所リハビリ・配食サービスは中止。落着いた12日になって帰厚した。

<震災時の状況>
 午前3時過ぎ、小刻みに激しく揺れ、飛び起きた。ガシャン、と大きな音もした。おさまって、点検すると食器棚から落ちた陶器が10枚程が割れ、こけしやらが倒れたり落下したが、棚が倒れる事なく大した被害はない。
 幸ひ、灯はついてゐる。テレビを付けると震源は厚真あたり、で、当地は震度5強。さすがNHK、早い。
 程なく停電。近くの変電所か苫東厚真発電所にトラブルが起きたと推測。苫東厚真は東日本大震災のあと、ボイラーの蒸気漏れで止った事があったのを思いだした。救急車両来たので外に出ると、月明りが明るく星が沢山見えた。実に久し振り。余震が来るかもしれないので、片付けは明るくなってからとして床にもどった。
 朝になり、断水するのではないかと、水の確保。と云つてもヤカンと鍋に飲料水、風呂桶一杯に雑用水を貯める程度。空いた清潔なペツトボトルがあればそれも使ひたかつたが叶はなかつた。9時前、セイコーマート(コンビニ)に買物に行くと、レジ前に大勢の人、そして酒臭い。ワインが割れたのだらう。500mlのお茶を8本購入出来た。レシートは発行されなかった。断水になる、と云ふ人もゐれば、市役所に電話したら断水はしないと云つてゐたと云ふ人もゐた。どちらが正しいのか判らないが、家の水道は出が悪くなつてゐるので、健全ではないのは確かだ。結局1時間程の断水があつたのに留まり、大勢に問題なくて良かつた。
 通信事情は、固定電話・携帯電話は常時、ポケツトWiFiは7日朝までは通じた。通電が何時になるのか判らず、電池を温存すべく厚木への連絡は固定電話を使用し、停電の回復状況等の情報を得る。7日の夜、暗闇でする事もないし早く寝ようか、と云つてゐると灯が付き、思はず歓声が出た。netのニユースを見ると市内バスは信号が消えてゐるため運休してゐるといふ。鉄道も運休。急いで帰る必要もないので8日の飛行機はキヤンセルして、落着いてから帰る事とした。
 11日には、近くのコンビニでヨーグルトが購入出来た。
 12日、空港までは鉄道を利用した。千歳線は沼ノ端─南千歳間は時速40kmの徐行運転で15分遅れて南千歳駅到着。途中、揺れの大きいところ、バラストが真新しいところがあり、被害を受けたものと思はれる。新千歳空港内は閑散としてゐた。土産物店はシヤツターで閉ざされてゐた。搭乗のための手荷物検査は通常の半分しか稼働してゐないのに順番待ちで並んでゐる人がゐない。
 羽田空港に着いたら、震災とは無縁の世界だつた。

<電力についての思ひ>
 全道停電。ブラックアウト、といふ。暖かい時期で良かった。復旧は迅速だつた。
 利益を生むはずの泊原発が維持費だけは掛り、新基準対応の設備投資(2000億円)もした。平成26年には石狩湾新港発電所建設に着工してゐる(燃料の調達、港湾整備等も含めれば着手はもつともつと前)。然し、工事中の発電所は勿論、既存の原発は発電してゐないから経営が厳しい。平成26年度は赤字だつた。赤字でも積極的な設備投資を求めるには対価(将来の黒字化)の確信なり保証が必要だ。実際は、株価700〜800円・純資産倍率 0.7 が示してゐる。先行きが暗いことの現れだ。
 京極の揚水発電所は、1999年に工事に着手し2014年に完成したものだ。原発稼働に伴ふ夜間電力を活用する目論見が、火発による電力を使用するといふ高コスト発電になってしまってゐる。だが、ピーク対策に揚水発電を使用せざるを得ない。(昼間の太陽光発電が揚水に使へるならエネルギーの利用方法として意義のある使ひ方と思ふが、高値で購入した電力を使ふなら採算度外視の電力供給義務履行のためでしかない。太陽光の出力は短時間で変動するので蓄電池を使用して変動をなくすなどの対策が必要ならさらにコストアツプだ。太陽光発電・風力発電を利用するための蓄電池の実証試験の実施もしてゐるのは承知してゐる)。
 2020年からは電力供給義務が無くなる。これを踏まえ、老朽発電所は廃止して規模縮小を選択し、低コスト発電に施策を変更するのも選択肢になり得る。その時、常に計画停電・ブラツクアウトの危険がつきまとふ。企業は、自家発電が必須になるのかもしれない。家庭も蓄電池が必要にならう。そのための投資をもって、経済効果があったと肯定的な評価などしてほしくない。(さう云へば、冬の電力不足を心配してランタンを母に贈つてゐたのが、今回役だつた。このやうな準備も経済効果と云ふのか? 私にとつては損失だった)
 結局、誤った政策(原発の停止、再稼働の抑制、電力自由化)がもたらした不都合だ。
 ところで、民主党が政権を取つたときの党首の選挙区は何処だつたのかに思ひを馳せると、電力不足の因果は道民自らにあるとも云へる。また、道新(北海道新聞)は、北電(北海道電力)の責任ばかりを云ふが泊原発については一言もない(12日朝刊現在)。道新は率先して二割の節電、いや、範を垂れる意味も込めて三割節電を宣言し、実行してもらひたい。テレビ画面に記事が表示され、印刷や配達が無くなれば容易に達成できるだらう(電力依存は強まるが)。

 強い揺れを経験したのは、昭和43年の十勝沖地震で震度5、平成23年の東日本大震災時の震度5弱、そして今回の震度5強の三回目だ。6は経験したくない。  
平成30年06月03日(日) 近況 日本海
近況
 更新が滞ってゐる。母が入退院を繰返してゐることで、手を付け難かった。私自身、胸の痛みで戸惑ったりもした。それは、整形外科・循環器科で診察を受けた後、疱疹が出て、帯状疱疹と判ったのが、4月12日夜だった。
 当然、出掛けることも減って、神社巡りも県内神社は皆無。目標達成は既に赤信号。

日本海
 地球温暖化による悪い影響に、日本海深層の無酸素化があるといふ。溶存酸素は過去30年で10%減少しているのは、冬の寒波が弱いため、表面水が冷やされ具合が足りず、そのため海底へと沈下しにくく、深部へ水供給(熱塩循環)がされず、酸素が減り続けてゐるといふ。これが続くと生物が生きられなくなりかねないといふ。黒海は200m以深は無酸素といふから、日本海で同じ事になると、蟹をはじめ多くの生物が居なくなる。
 温暖化の原因となってゐる二酸化炭素を出さない為には、原発を拡充し、火発は全廃。炭素循環を核分裂・太陽光等をエネルギー源に二酸化炭素を人工的に還元しないことには……、さて、原子力の排熱はどこへ行く? 製鉄とセメント製造はやめられないから、炭酸ガスではなく高分子(個体)にして埋めるか、とあれこれ無想してゐる。

平成30年01月06日(土) 新年
謹賀新年

まづは、昨年の反省と今年の目標 (この項は、2月3日修正:二つの表を一つにまとめ、前年比を加へました。)

昨年年初に考へた目標と実績は次表の通り。

表  目標と実績・新目標
         29年目標   29年実績  新年目標 (29年目標・実績比) 
 参拝神社数   188越え   179社     188越え (  同 ・ +9 )
 内 別表神社  10以上    13社     10以上 (  同 ・ -3 )
 Web掲載社   200以上   214社     220以上 (  +20 ・ +6 )

考察
 概ね達成したと考える。
 28年と比較すると次の特徴があった。(1)自転車の利用が皆無だった事、(2)バスの利用が増えた事、(3)バスツアーで島根県の別表神社を訪れた事、(4)新編相模国風土記稿・神奈川県神社誌の引用を行ふやうになった事、(5)googlマップの利用を進めた事


そして、新年の目標説明
 前年目標と同じとした。
 別表神社参拝10社達成には、新幹線・飛行機利用とレンタカー利用の組合せが必要になると予想する。従ひ、10社を大きく上回るのは難しいと考へ、10以上とした。参拝神社数は、200社が切りの良い値で188社も200社もさして違ひは無い。県内神社参拝は、川崎市・横浜市を中心に交通の便の良いところがまだまだ多く、参拝神社の主を為すと見てゐる。
 Web掲載は、現在100社が掲載待ちなので、参拝社数を上回る掲載数として参拝から掲載までの時間差を少なくするやう努める。そこで、目標を1割、引揚げた。
 課題は、(1)県外の図書館利用、(2)Webで利用可能な資料の探索(例 風土記稿)、(3)輪行利用による一日の参拝社数増加。


その他 所感
 このところ、テレビのニュースを見なくなった。ニュースはNHKが主体だけれども、最初に相撲界の話題を持ってくるのは我慢しがたい。パンダが最初の事もあった。重要性の感覚が違ふ。例へば、火災があった場合、現在鎮火したのか延焼中なのかが一番でどのような人が住んでゐるのかとか消防で原因を調査中といふ話は後からで良い。また、事故等の被害者の人となりを伝え始めたり、ニュース中に解説を始める事がある。人となりは事故と関係あると云ひたいのだらうか、また、解説は後から何分後から始めると伝へて、次のニュースを伝へて欲しい。結局限られた時間の中で多くを伝へようとしてゐない。そんな不満を持ってゐるから、見てゐるといらいらしてくる。だから、見ない。netで見て、二三日後に別途新聞で解説を読んでゐる。
 ニュースの中身に疑念を持たれてゐるのに、伝へ方にも不満を持たれては立つ瀬が無いはずだ。NHK受信料は民放を見るのに必要といふ現実、これも不満。番組毎或は視聴時間毎に課金するやうに出来ないものか。
 もう一つの原因、世の中に興味が無くなったのかも。


平成29年10月21日(土) 総選挙 台風21号
 選挙戦最中である。昨日は安倍総裁が本厚木駅前に自党候補の応援に来て演説して行かれた。選択は、与党か責任野党かの二択だが無責任野党が受けるやうで俄づくりの希望の党・立憲民主党も結構な議席を得るとの予想が出てゐる。モリカケを未だに問題だと云ふ無責任野党の人達が議席を得るなど信じがたい事だが、現実には解散前より議席数を増やしそうだと云ふ。無問題を問題だと信じ込ませた者がちとも云へる。安倍さんは、成果と今後の課題を説明し支持を訴へられてゐた。
 カケ問題については、仕事をしてゐない自由さもあつての事だが、国会の閉会中審査の加戸守行さんの証言を聞いた。ニユースやワイドシヨウーは、何の意図があつて証言を無視するのか苦々しく思ふ。所謂リベラルの主張を信じ込ませようとしてゐるとしか思へない。一説には、教育の在り方が、所謂リベラル増長の下地を作つてゐるといふ。自分の経験からしても、さもありなんと思ふ。
 「放送法遵守を求める視聴者の会」の無料会員に登録してみて、様子を見てゐる。

 正確に伝へないと云へば、台風情報。先週末にEUの10日間予想図を見ると上陸しそうだったが、マスコミで上陸と云ふ言葉を聞くやうになつたのは本日夕方。昼までは「接近の恐れがある」だった。接近で済むなら良かつた、恐れるか恐れないかは人それぞれだ、等と思ふが、意図をくみ取らなければいけないのだらうか。本当の接近と、上陸を婉曲に云ふ接近との区別は、予想図を見てゐなければ解らない。平日の金曜日中に、準備しなければいけない人達もゐたのではないだらうか。
 さらに、「超大型」と表現し雨の予想などしてゐるが、問題はそこではない。重要なのは、風と高潮だ。
 本日16時現在の観測では中心気圧925hPa。予想進路の中心を通るとするなら東海地方に上陸しさうだが、そのときの中心気圧はいくつと予想してゐるのだらう。気象庁のHPは、その肝心な予測値を掲載してゐない。960hPaまで緩んでも、被害はまぬがれまい。
 中心から外れてゐる当地で、風速45mの風が吹くとしたら? ベランダにある鉢物は高い所から低いところへ降ろすのではなく屋内に入れる、停電に備えて充電・ラジオの確認、水のくみ置き、他には? 避難の考へは無し、食糧はある。最も心配なのは窓ガラスが割れる事。
 こちらは、結果は容易に明らかとなるので、嘘はつけない。

 神社巡りは、今年に入つて127社。別表神社は13社。6月には島根・鳥取のツアーで9社を巡り、真夏は暑さを避けて控へた。10月中旬からは長雨で、外出の機会がない。輪行もしてゐない。web掲載は、約150社で順調。
 遠方のお社を巡る計画を、前もつて立てておかうと、計画書を作り始めた。宮城県の、黄金山神社は措いて、14社を一泊二日で巡る計画を立たてたみた。来春以降に実施に移せれば幸ひと思つてゐる。義務でしてゐる事ではないので、出来なくても気には病まない。
 
平成29年4月1日(土) 心配事
 退職して1年が過ぎた。
 ・個人的には、健康。心拍数が上がると、心臓の動きがおかしい気がする。眼の具合も。相場で大損したが、まあ、いいや。
 ・当webでは、退職一年後に自分の名前をださうかと思ってゐたものの、決められない。
 ・国内では、反日勢力の跋扈。
 ・国際的には、北朝鮮・中共・韓国。国内問題の根源か。

 最近、「虎ノ門ニュース」を視聴するやうになった。テレビのニュースを聞いてゐても事実と違ふ事が紛れてゐたり、重要度の感覚が合はない(掘下げての報道を期待しても報道自体が無い。例へば、豊洲の事・沖縄基地の事・保守系まとめサイトへのdos攻撃(Denial of Service attack、サービス妨害攻撃)の事・等々)しで不信感がつのる。放射能汚染の時もさうだったから期待してはいけなかったかも。そんな中、参議院議員の青山繁晴さんの話を聞くのはテレビでは報道されない事が多く有意義と感じてゐる。二時間の番組なので時間がかかるが、思はず顔がほころぶ時もあり、楽しくもある。

 神社巡りの事。webは三ヶ月で52社掲載し、順調。神社巡りは29社でやや低調ながら、別表神社は3社。春の18切符で高崎・前橋方面へ遠出ができたが、切符に残りがあるので、今度はどこへ行かうかと計画立案中といふ状況。諏訪大社を候補として検討してみたが、諏訪大社だけにしたくは無く、他のお社にも行ってみたい。さうすると、朝五時過ぎに家を出ても普通列車で当日中に往復するのは無理っぽい。
 今年、輪行は、未だ一度も無い。


平成29年1月7日(土) 新年にあたって

謹賀新年
本年もよろしくお願ひします

昨年のまとめ
 昨年は188社を巡り、152社の記録を掲載できた。輪行の利用、夏には青春18切符を利用して足を伸し、グーグル マップ利用、新編相模国風土記稿の利用を始めたなど進歩があった。一方、四月から自由時間が増えたのにも拘らず、退職前に思ってゐたほどの数にはなってゐない事、時間の使ひ方が下手で文章を書くのが「下手の考へ休むに似たり」と云った状態(碁会所にも行かうと思ったが行けてないなぁ)でなかなか進まない事、近隣市町村の図書館の利用をしてゐない事が課題だった。

今年の抱負
 参拝神社数は昨年の188社越え、掲載神社数は200社以上、別表神社10社以上を目標としよう。手段は、昨年の成果の積極的な継続、宿泊を伴ふ参拝旅行、近隣の図書館利用といったところか。時間の使ひ方はだうしたら改善出来るかな、これは難問。「下手」は受入れるしかない。
 (職場なら目標を数値にすると面倒が多いが、個人であれば評価は自分でするから、わかりやすくて良い。自分の一存で変更なり、破棄なりできるしね。)


平成28年11月5日(土) 厚木市内神社巡り
 神社巡りを始めた頃は、厚木市内の神社(但し、神社庁包括下に限定)は全部訪れ参拝しよう、と考へてゐた。目標と云っても良いだらう。六年も経って、やっと巡り終へた。
 このところ、バスに乗って出かけるのが容易になった。厚木市内は神奈川中央交通のバスが走ってゐるが、webサイトでは地図からバス停の位置、時刻表が調べられるやうになってゐる。それを利用して訪れにくかったところへ出かけてゐるわけだ。
 10月31日に、荻野の御嶽神社、日吉神社、三田の八幡神社を参拝し、57社の参拝を終へた(訪問記掲載はだいぶ先)。既に参拝したお社も六年前と現在では大いに変ったかもしれない。再訪も課題だ。
 巡ったお社の数は、いつの間にか1000社に達しようとしてゐる。Googlの地図サービスで訪問地を地図上に示せるやうになってゐるのを知って、10月28日から利用し始めた。まだ使ひこなしてゐないが、便利だ。
 神社巡りには事前の準備が大事だ。始めた頃は、国土地理院の五万分の一の地図を購入し、神社記号の在るところを調べた。今は、web上で地図を表示出来るやうになってゐる。
 ますます便利になるだらう。当webサイトを通じて情報の発信ができるのも有難い。


平成28年9月17日(土) 環境基準、安全・安心 
 自分の考へをまとめてみた。

 東京都の築地市場の豊洲への移転でもめてゐる。今日は地下に溜ってゐた水の分析結果が出たといふ。そこで東京都のHPを半年ぶりで見た (大きな画像が数秒ごとに切り替る、嫌ひなタイプだ)。分析結果表が公表されてゐるかと思ったからだが、見つからなかった。マスコミのフィルターを通して一般に知らせる意図なのだらうか。
 報道によると、環境基準に満たない砒素と六価クロムが含まれてゐたといふ。溜り水に環境基準は無いから公共水域の基準を当てはめ、年平均といふ条件を無視したのだらう。また、ベンゼンは検出されなかったといふから、土壌汚染は除去されたといへるがそこまでは判断しない。
 ところで、何の意味があるのだらう。溜り水で泳ぐのでも無く、浄水の原水とするわけでも無く、コンクリートの床下といふ隔離されたところにある。ならば、食の安全とだう関はるのかと考へれば、安全上の問題は無い。盛土があったならば土中に隠れてゐるはずだ。盛土が無いから容易に状況が把握出来た。建物下の盛土の必要性が判らない。盛土で建物を支へる訳でもあるまい。と、するなら、安心のため騒いでゐる訳だ。
 問題だと主張する専門家といはれる人は、リスクとハザードの区別が出来てゐない。無智なのか、或は意図的に混同させてゐるのかわからないが、リスク ゼロ といふ、あり得ない事求めて不安を煽ってゐるのは、原発への対応と共通してゐる。所謂「放射脳」といふものに違ひない。
 都知事は、嘗て環境大臣を務めてゐた。よもやリスクとハザードの区別が付かない事は無いだらう。そしてリスクゼロがあり得ない事も。

 以下はついで。分析項目は、7項目とNHKテレビで言ってゐた。費用の都合はあると思ふが、pHや導電率に加へて有機物・陽イオン・陰イオンを測定するのが水の由来を推定するには必須だ。当然特定してゐるはずだが、どの位置で、どのやうに採水したのか、不検出とは定量下限値未満の意味だらうがその値は幾つなのか、さういふ事も公表願ひたいものだ。
 
平成28年7月22日(金)
 新編相模風土記稿は、江戸時代後期に造られた地誌で重要な資料となってゐる。7月10日からワードで転記し始め、今日、やっと原文の10頁9700文字分をweb掲載できた。厚木市の分だけで約120頁あるので、終る目処は立てようがない。
 入力して良かったことは、書かれてゐる内容の他、漢字の読みを幾つも覚えたこと、言葉を知つたこと、文章の入力変換条件に文語を指定すると歴史的仮名遣で入力できること(ATOC)を知つた。歴史的仮名遣での表記は、現代仮名遣で入力後一文字づつ修正してゐたので、直接入力・変換できるのを知つたのはうれしい。
 6月の神社訪問は、24社にとどまつた。梅雨空では出かけづらい。青春18きっぷの利用が9月10日まで可能となつてゐる。少し遠くへ出かけたいと思つてゐる。
 ポケモンGO が国内でも配信され、人々が夢中になつてゐる。あちこちと、外に出るのはよいことと思ふが、外に出る目的が人や自然に触れるものではないのが、どうかしてゐる。古典的な(将棋・囲碁・トランプ等)しかしたことがないからか、理解できない。

平成28年06月05日(日)
 5月中は48社を訪れてきた。一ヶ月での最高記録となった。時間が出来たこと、天気が良かったことによる。web掲載は一年前の訪問社を16社、 と若干の追記を行ひ、これも月間で多かった部類だらう。本日、梅雨に入った模様で、6月も数回出かけられれば良いと思ってゐる。
 輪行は、これまでに4回できた。電車に乗る距離が片道10kmあると体力的には大いに楽だ。ただ、出発を通勤・通学時間を過ぎてから、 帰りを通学時間帯に入るころを目処としたので行動できる時間は5時間ほどしかない。下りの場合、午前7時前に出れば良いけれど、普段の起床時刻は 8時前なので、覚悟が必要。小田急線、相模線に乗る分には今のペースで、その後は、そのとき考えよう。

 言論が不自由になってきた。外国人向け地図に卍を使はないとか(提案は撤回された)、思想信条によっては集会のための公園の使用不許可やデモ妨害など。 特権はやっぱりある。 
 
平成28年04月17日(日)
 4月になってから新しい自転車に乗って、市内岡田・戸田・長沼など相川地区の神社を訪れた。7年前に訪れてゐるのだが、 その頃とは見る目が違ってゐて、web掲載内容も変はってきてゐるので、より充実させようと思ってゐる。自転車に馴れる目的もある。 震災・震災復興の記念碑が建ってゐる事が多い。碑文を掲載して行きたいと思ってゐる。
 相川地区は新東名高速道路の建設中で、建設地は子易神社(戸田)、若宮八幡神社(戸田)の北に接してゐる。 立ち退きを余儀なくされた人達もゐるはずで、神社にとっては(住民にとっても)うれしくは無いことと思ふ。
 
 さて、熊本県では4月14日からの地震で大きな被害が出てゐる。ある市役所は半壊で駐車場に業務拠点を移すなど、たぶん想定できてゐなかった と思ふ。耐震性の問題は承知しても地震はすぐに来るものではないから、予算は割けない、と。200ページ余もある熊本県の防災計画を見ても 布田川・日奈久断層中部が起こす地震は30年以内発生確率を0〜6%としてゐる(内閣府の発表が元)から身に降りかかる問題とは 考へてゐなかったといはれてもしようが無い。新築しようとすると、やっかむ人達がゐるのでままならないことも確かだ。
 当地では、新東名高速の建設工事が盛んに行はれてゐる。相模川には橋梁が掛かってゐる。だが海老名までしか届かない。東京─海老名間は だうするのだらう。東名の混雑を知らないハズは無い。耐震・免震化をもっと速く進めなければいけないし、 被災前に復興のためのインフラは整備しなければいけない。被災後の損害を減らすことにもなる。 平時の産業競争力を上げるにもインフラの充実は欠かせない。一頃から公共事業は半減されてゐる。善いこととは思へない。
 今後検証されることだらう。  
 
平成28年03月26日(土) 北海道新幹線開業 折りたたみ自転車
 朝のニュース番組では北海道新幹線の開業を中継し、喜びや期待を伝えている一方、春休み中の予約率が25%といふ残念な事実も伝へてゐる。 仙台以北は空席は目立つし、青森から先となると更に更に乗車率は下がるのは当たり前のやうなもの。 札幌からの乗客がゐれば道内移動需要も期待できるといふもの。自分自身のことで考えると、飛行機を使ふと5時間30分に対して、9時間20分と、 4時間ほどの時間差がある。北海道新幹線開業前は、5時間差だった。冬は雪の影響を受けにくいと思ふが、それでもあと2時間縮まらないと、 興味本位で乗るに過ぎない事になる。 制限速度140km/hの区間82.1kmを260km/hで走っても16分強の短縮にしかならない。トンネルをもう一本掘るしか無いかも。

 自転車を1台購入した。手元に届くのは4月1日。タイヤサイズは20インチの折り畳み式。輪行が容易にできるはず。重さ12.5kgがちょっと 気になるが、タイヤサイズ・フレームサイズが小さいからバスにも乗れるだらう。直進安定性は悪さうだから、馴れがいるはず。 これで、公共交通機関の少ない地方でも参拝に巡り歩ける。
 
平成28年03月12日(土)
 本日、HPに設置してゐるアクセスカウンターが10000に達した。ご覧頂いた多くの方々にお礼申し上げます。ありがたうございます。

 今掲載作業をしてゐるのは、一昨年の11月に富山へ行った時のもの。掲載までに時間がかかり、北陸本線があいの風とやま鉄道に変わるなど、 当時の状況と今とでは地図も変ってしまってゐる。少し前から地図にはDLした日付を記入するやうにしてゐる。DLしたのは北陸新幹線の 金沢延伸開業後だったため、参拝時には北陸本線だったのが、早くも私鉄の表示に変ってゐる。

 北海道新幹線の新青森駅ー新函館北斗駅間148.8kmが開業するのは、まもなく、3月26日。一方、旧夕張線(現石勝線)の十三里駅が廃止される。 札幌までの延伸は十年以上かかる。乗車の機会はあるだらうか。
 人口が減少する日本。インフラの整備を進めて効率化しないと、人口の減少がそのまま活動の低下につながってしまふ。 現状でさへ、劣ってゐるのかもしれないとあれば、防災や景気のためにも公共投資をしなくてはならない。


平成27年12月29日(火)
 所謂従軍慰安婦問題を日韓で合意が成ったといふ。日本国が金を出し、首相が軍の関与を認め謝罪、となると完敗と思へる。韓国の慰安婦像 は撤去か移転かの努力をするといふ。誹謗・中傷してゐたのを、やめるから感謝して金を出せ、といふのに乗った。つまり強請に遭ったといふ 理解をした。慰安婦像は存続し、そのうち、また難癖をつけられるのだらう。
 合意の背景には、高所からの判断か、大国の圧力があったのかもしれないが、今年は残念な年になった。政府は英霊に許しを請うてほしい。
 
平成27年10月04日(日)  過疎化
 JR北海道は10月1日から夕張線(現石勝線)の清水沢駅を無人駅とした。かつて、大夕張鉄道が運転され石炭が運搬されてゐた頃は、 国鉄の線路より駅舎側にあった大夕張鉄道の客差から煙が昇ってゐたのを記憶してゐる(石炭ストーブ)。バスを待つあいだ、駅の待合室の ストーブに近いベンチに居たのだ。当時の乗降客は南高や工業高校・北高へ通ふ高校生もゐて、一日に何百人もあったと思う。 それが、平成26年度は一日平均12人といふ。
 都内から鉄道で清水沢駅まで帰ったことも、札幌とを往復したことも幾度となくあった。
 石炭が出なくなった以上は、仕方ない。が、残念なこと。
 さういへば、ふるさと納税を、と思ひつつ実行してゐない。今年中にしよう。
 
平成27年04月14日(火)  終活
 訳けあって、本・雑誌を捨てることにした。本と言っても新書なので古本として売れるものではない。 雑誌も鉄道の月刊誌で、300〜500円程度で売られてゐるが、買ひ取りとなると、箱代にもなるかだうか、と想像する。
 いつまで持ってゐても、いずれ捨てなければならない。まだ、定年を迎へてゐないが、終活を始めたかのやうだ。
 
平成27年01月12日(月)  パソコン 抱負
 新年最初の更新となりました。
 昨年12月下旬にパソコンの調子がまたも悪くなり、1月4日に新調しました。データの多くは外付けHDDに保管できたのは 幸ひでしたが、Windous8の仕様には面食らって、メールソフトの設定や、ATOCのインストール、など行ひ、何とか以前の状態に戻った感が出てきました。 あたりが悪いのか、使ひ方が悪いのかわかりません。 
 昨年は、120社あまりを参拝してきました。2月・3月は寒さを理由に参拝は無し。9・10・11月に61社を参拝できたのが100社超えの 原動力でした。web掲載は109社で掲載がどんどん遅れてゐます。今年は、少しは追いつきたいと思ってゐます。また、昨年11月に富山県へ行きましたが、 今年も一カ所でよいので泊まりで参拝に出かけたいと思ってゐます。乗鉄(のりてつ)も兼ねてゐます。
 昨年の相場ではプラスの成績が収められました。これから確定申告の準備を進める中ではっきりすると思ひますが、まだまだ雑所得分の 税金を納めるほどの回復ではありません。思惑が外れたときに放置してしまはないやう、相場とつきあってゆきたいと思ひます。

 神社を参拝してゐますが、少旅行してゐることもあり、自身の交通安全や良い世の中になる(天下太平・国家安泰)やうお願ひしてゐます。

 
平成26年11月30日(日)  平均寿命 日本経済 定年 富山旅行
 日本人男性の平均寿命は、厚労省の今年7月の発表によると平成25年は80.2歳といふ。自分の年齢の59歳の平均余命は24.0年といふ。
 社会実情図録の世界各国の平均寿命(http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/1620.html)によると、所得と平均寿命の間には相関があり、 低所得の内は少しの所得増加で大きく寿命が延びるが、所得が大きくなると僅かしか寿命は延びない。日本は所得が高いので、 所得の変化が寿命には、大きくは影響しない所に位置してゐる。所得が増えると云ふ事は、冬の室内は暖かくでき、栄養価の高い食品を食べられる、 良い衛生状態を維持出来る、必要な医療も受けられるといふこと。所得が減れば、少しずつ水準が下がり、病を得るリスクが増える。

 個人的には一年ほどで定年退職を迎へ、収入が途絶えるが、社会が安定してゐれば生活に支障が出るやうな心配は無い。
 日本の経済状況を見ると、年率2%の物価上昇を目指してゐるものの、経済活動の活発化よりも円安が突出して目立ってゐる。輸入品の値上りは、 いろいろなあり、消費税アップと相まって消費抑制に働いてゐる。 いま、原油は、定期市場では52000円/klだが、100円/USD なら44000円/kl、ガソリン小売価格にすると、8円安相当くなる。 高いエネルギーを使用してゐたのでは、国際競争力が無くなってしまふ。ますます、円安になり、止らなくなるのでは?
 原油価格は、サウジアラビアの意向か、米国のシェールオイル生産を抑制(壊滅?)させるため安値に誘導してゐる。 然し、何年か先には高値に誘導してくるのは目に見えてゐる。 原子力発電を止めて火力発電に頼ってゐる日本には厳しい時が訪れる。 電力料金が高いだけでなく自家発電または大容量蓄電池利用を強いられる事になり、 成り立たない産業が多く発生しさうだ(さう成らないために、原子力発電を推進してきたはずなのだが)。
 その結果、今の生活環境を維持出来るだけの所得が得られず、寿命が縮まる事になりさうな、風が吹けば桶屋が儲る式の心配をしてゐる。 命を大切にするために原子力は発電を止めたはずなのに。

 ならば、個人でできる事は何か? と考えてゐる。高い電力、高い食品、インフレにも絶えられる必要があるだらう。 FXによる USD/JPY 買ひによる価値喪失の補填はその一つだが、平均余命×250万円/年=6000万円 相当の USD/JPY を買ふと50万ドルとなる。為替は望まない方向へも変動するので、1000万円の余裕資金が無いと破綻してしまひさう。手に余る。
 定年までは働かう。
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 来年三月に新幹線が長野から先、金沢までが開業するといふ。在来線特急は無くなるし、ほくほく線(北越急行)も経由する事はなくなるだらうから、 開業までに乗っておきたい、それなら今だ、といふことで富山へ行ってきた。ほくほく線には乗った事が無かったので160km/h運転の列車にも関心はあった。 窓際の席が取れなかったので窓外はよく見られなかったが、トンネルの多さには驚いた。持って行った資料を、めがねをかけてよく見ると確かに10.4km、 9.1km、6.2kmと長いトンネルがある。路線は59.5kmしかないのに。いくつか駅に停車して犀潟駅から北陸線に入った。
 この文章を書くのに当り、Wikpedia等で調べると、9.1kmの鍋立山トンネルは貫通までに22年を要した屈指の難工事だったといふ。 知らずに通過してゐた。
 良い天気に恵まれ、高岡・氷見・富山の神社を訪れてきた。web掲載は、一年後かな。
 
平成26年06月15日(日)  5年目
 いつの間にやら5年が過ぎた。毎年、ほぼ100社の訪問、web掲載してきたが波はある。今年は、2月は寒く、3月・4月は気が乗らず 訪問やweb掲載を行ってきた。
 このところ、歩くのが苦にならなくなり、毎週出かけてゐた。小田急線の新松田駅を降りて南の方、大井町、小田原の曽我辺りを歩き回ってゐた。 人口が少ないとはいへ、古くから人の住んでゐるところなので歩ける範囲でいくつものお宮がある。鴨宮の海岸に到達するまでには、あと3回 は必要だらう。当面、20000歩を難なく歩けるやうになりたい。健康にも良いと思うし。

 さる4月20日には厚木神社の神楽殿が放火され、近隣の住宅二棟が全焼、一棟が半焼し営業休止してゐる。神社では境内整備をしていて火災防止のため 電気配線の改修、床下の隙間をふさぐなどの対策もとってゐたといふ。
 
平成25年12月20日(金)  近況  韓国
 もう少しで今年が終る。今年はこれまでにおよそ70社を掲載した。年に新たに100社あまりのお社に参拝してゐるので、未掲載な訪問先が 増へる一方である。あと、10日。もう何社か、記録をまとめよう。
 10月にも書いてゐるが、韓国に関心がいってゐる。一昨日はいつも購読してゐる週刊新潮に、このところよく読んでゐるブログ主の インタビュー記事が載ってゐて、内容はブログで承知のことですらすら読めた。活字出版物になるのは不思議な感じだ。 こりあうおっちんぐ、シンシアリーのブログ、余命3年時事日記、韓国関係ではないが、よもぎねこ さんのブログ、とコメントを含めて読むものが 多く時間を費やしてゐる。歴史は日本では「ヒストリー」だが、中国では「プロパガンダ」、韓国では「ファンタジー」であるといふ説(*)を読んで なるほど、と思ひ、それ以来韓国のへんてこな主張にも驚かなくなった。私も、少しは賢くなったのかな。 (*)元は、米スタンフォード大学の研究グループが米国、台湾を加えた各国の歴史教科書を比較研究して得た結論(読売新聞2008年12月16日付)との事。  
 
平成25年10月01日(火)  韓国  原発  最近の神社参拝
 隣の国といふこと、歴史認識を持出すといふことから、韓国のことに関心を持って久しい。かつて仕事で一回に数日だが、何十回か訪れたこともあり ハングルを少しは読めたりする。英語が読めても意味不明なことがあるのと同様、読めても意味不明なことが多い。朝鮮人にとっても同じ事で、自ら云ってゐることの 意味が解ってゐない(機能的文盲)といふ説もあって、尤もなこと、と思ったりしてゐる。これは、好意的な解釈かも知れない。事大主義とも、想像が現実と信じる、 息を吐くやうに○○をつく、等とも云はれる。つきあはなくて済ませたい国に思へ、場合によっては北朝鮮との良好な関係を築けないものかと妄想したりもする。
 電力料金の値上げは、東京電力だけではなく各地の電力会社にも及んできてゐる。値上げ分は原発反対者に負担してもらひたいと思ふ。原子力規制委員会は原発を 稼働させないために設置したと思はれるくらいで、リスク評価の出来ない組織だ。汚染水問題は、浄化装置を止めることで解決するのではなく、 動かすことで装置の問題点を早く明らかにして改善してゆかなければ貯まる一方の汚染水の漏洩リスクがどんどん大きくなることくらい解らないのだらうか。 汚染水問題は責任を認識してゐないとうそぶいてゐる。
 最近の神社参拝。今年の夏は暑くて外に出るのを敬遠してゐた。それでも、青春18切符を使って8月に2回、静岡市に行ってきた。一回目は歩いて、 二回目は自転車を借りた。新幹線の乗換へで駅を降りたことはあるが、街の中を歩いたことは初めてで、歩くと街に親しみがわく。参拝神社紹介のページは、今、 11ヶ月遅れになってゐる。早く掲載したい。
 
平成25年05月15日(水)  PC故障  祖父のアルバム
 2月9日にパソコンのHDDが壊れ、修理した。ほぼ3年分のデータが無くなった。当HPは幸ひにwebサーバー(FC2)にあったので 失はれずにすんだ。二カ所に置いてあるのは心強い。
 パソコンは3月初めには修理できてきたが、その後、神社訪問記を書く気にはなかなか成ならなかった。確定申告に間に合せたり、 祖父のアルバムの電子化作業をしてゐた。アルバムの電子化は5月の連休中に、索引作成を残しておおかたが終ったが、自分だけで持って ゐても意味が無いので叔父叔母に配布しようかと思ってゐる。パソコンは孫が使ってゐれば見てもらへるだらうし、CDならかさばらない ので持ってゐてもらへるのではないかと、思ひ巡らしてゐる。
 世の中は、株価が日経平均で15000円を超え、ドル円は102円にまで円安となり、明るくなってゐる。一方、エネルギー供給はいびつで、 中韓連携の日本敵視が顕著になってきたなど波乱要因も抱へてゐる。こちらも、すこしずつで良いから良くなってほしい。
 
平成25年01月19日(土)  大鵬  松山  地井武男
 元横綱の大鵬が亡くなった。子供の頃は巨人・大鵬・卵焼の時代で柏戸・大鵬の全勝同士の千秋楽を見た記憶がある。数年(?) 前にはラジオで大鵬が語るのを聞いた覚えがある。相撲取りになるまでの苦労と努力が印象に残ってゐる。大鵬は子供の頃に夕張の若菜に 居たことがあることも親近感を感じる理由の一つかも知れない。毎年、いろいろな人が亡くなるが、嘗ては歳が大いに離れた有名人くらい にしか思はなかったが、近頃は同時代を生きた人となってゐて心につまされるものがある。大鵬は72才、自分とは16才差。56年生きた身 には16年はすぐのやうなものだ。
 いま、昨年の7月に松山に行ったときに巡った神社の記録を書いてゐる。住んでゐるところから遠い地の神社へはなかなか参拝する 機会が無いところを、余裕をつくって自転車で巡ってきた。寒くて出不精になってゐる今、一生懸命に巡った暑い夏が懐かしいし、また 遠出したい。さう云えば、松山へ行ったのは、ちい散歩の地井武男さんが亡くなったすぐ後の事だった。
 御安らかに。
 
平成24年11月09日(土)  喪中はがき  FX  電気料金
 喪中はがきの印刷が出来て、明日から宛名書をしようといふところ、叔父の訃報があった。先月は叔母が亡くなってゐる。 遠くなので葬儀には行かないが、気は滅入る。
 外国為替証拠金取引を行ってゐるが、8月頃に比べ、一時は資金が半減してゐた。このところ戻してきた。殆ど、ユーロの動きに 依存してゐる。今の心配はどんどん円安になりはしないかだ。貿易収支の赤字が止らない。経常収支は黒字だが、高金利の債権がいつ までも在るわけでもない。その内、経常収支でも赤字になる心配をしてゐる。さうなれば、円安になるのでないかと。
 政権交代が目的だった民主党が、政権を取った後、幼稚な運営しか出来ていない。にもかかはらず自覚がないからか、或は 大臣になりたいだけからか政権に居座り続けてゐる。産業を振興しようとしない。せめて安い電気を使って生産性を上げられるやう にならないものか。いまはアラブ諸国に石油代金を払ふために仕事をしてゐるかのやうだ。この状態で円安になれば、電力料金は 大幅値上げだ。五割といふこともあるかも。
 節電はいいが、実態は「電気を使はないやうに我慢しろ」といふこと。言葉でごまかしてはいけない。北海道の7%節電は、 自主的削減要求が実態だ。厳冬にならないこと、発電所が故障しないことを願ふ。母へ、電気に依存しない石油ストーブとカセット ガスコンロを贈ってあげようか・・・・。
 
平成24年05月01日(月)  四十九日  報道の脳死
 喪中で四十九日も終らずにゐるので、神社廻りは控へてゐる。葬儀で一週間続けて日常から離れてしまひ、元に戻るのに時間が かかってゐる。いま、去年八月参拝分の掲載を進めてゐるが、掲載神社数を増やすより、使ひやすさをよくしたいと思ひ、地図を載せた。 自分自身、参拝した神社の名前が出てこない事が多くなった。数が多くなって覚えきれなくなってきたやうだ。
 さて、休みと云ふことで、「報道の脳死」(烏賀陽弘道著)といふ本を買ってきて読んだ。近頃は、テレビの報道番組にはあきれ てきてゐたから、読むまでのことも無いかと思ひながらも、自分とは違ふ見方もあるだらうと思ひなおした。なるほどと思ひながら読ん だが、
 ・親民主党なので政権追求が甘い(報道の目的が不純、東電叩きに追従したのもその現れか)
 ・非科学的(リスクの大小の判断が出来ないから感情に流される)
といふことも加へて良いだらう。
 読んで良かった。
 
平成24年03月25日(日)
 初詣の後、神社を巡り歩くことはなかったが、三月になってから小田原と平塚の神社を巡ってきた。一月二月は寒かったのと 花粉が飛んでゐることで敬遠してきた。確定申告書類が出来てゐなかったこともある。仕事でも珍しく休日出勤したこともあった。
 小田原へは、小田急の当日限りで運転が終る10000型(HiSE)のロマンスカーに乗った。展望席だけが混んでゐるといふ状況で、 沿線にはカメラを向ける姿が目立った。かつて、深名線の廃止前日に乗った時のことを思ひ出した。そのときも運転席後ろに陣取ってゐた。
 さて、小田原ではいくつかの神社を廻り参拝してきた。翌週には平塚市内の神社を廻り参拝してきた。両市ともに、 ここの標高は○○メートルです、といふ標識が目に付いた。神社境内に建てられてゐる例もあった。両市とも相模湾に面してゐる。 不思議なことに関東大震災の時の記録は殆ど残ってゐないといふ。1703年の元禄地震では小田原で5メートルを越す浸水高さ、 平塚では2メートルを超える浸水高さがあったといふ。平塚市では、防災で想定してゐる最大津波高さを4.0メートルだけれど、 浸水高さで云ふとだうなるのだらうか。標高を知らせる表示をしてゐることから、対策が進んでゐるのは判る。ただ、その、遅速に 判断は付きかねる。
 第二東名高速道路の一部が来月開通する。被災したときにはだうやって非難するか、だうやって物資を運ぶか、だうやって 配布するのか? 不安に思ふことは沢山ある。関東では、放射線といふ20年後に検出できないぐらいの発癌性増加に神経を使ふより こちらの対策を早く立てて、備へてほしい。東京-厚木-小田原間の新しい幹線道路が必要なのでは無いか? 
 我家では、保有してゐる食糧を少し増やした。
 
平成24年01月07日(土)
 新年おめでたうございます。
 放射能について最近思ふ。安心を求めるといふのは日本人の宗教なのではないかと思ふやうになった。キリスト教やイスラム教、 仏教のやうに教典のある宗教では無いが、健康のためなら死んでも良いといふ冗談と同じに、安心のためなら何物も惜しまないといふ のは、理性では理解できないから。
 かつて「一人でも反対があったら橋を架けない」といって少数意見に従って道路整備を遅らせた知事が居たが、機能不全のつけが 回ってくるまで、多くの人々には問題とも思はれなかった。放射能からの安心のために払ったコストが、安全の向上につながってゐない こと、逆にストレス増で逆効果だったとが判ったら何と思ふのだろうか。仕方なかったと思ふのか、或は、科学的判断をすべきと反省 するのだらうか。私は、前者のやうに思ふ。それが日本人一般なのだらう。宗教と思ふ所以だ。
 だうなったら気づくのかと考へると、停電の頻発と、電気代の大幅値上げ。徐々におこってゐる企業の海外移転と失業者増加は、 国債暴落が発生したときに問題視されても安心信仰は揺るがないだらうな。
 
平成23年11月19日(土) 
 先ほど、表紙に設置しているアクセスカウンターを見たところ1041だった。平均すると、1日に1件だから、1000番は10月中下旬 頃となる。
 訪問くださった方々、ありがとうございます。
平成23年11月19日(土) 安心 安全
 放射能の問題は、自分から見るとおかしな方向へ進んでゐる。
 7月に書いた(UPしたのは今日)ときに「科学的根拠はない」とまで書いたが、内部被曝のリスクを評価出来てゐないから過大な 安全率をかけなければならなく、他のリスクと比べると必要以上に危ないものとしてゐるといふ意味である。(一気に100mSvを受けると 癌になる確率が0.5%増す。他の病気も増へることもあらう。しかし、年間5mSvでどれだけだうなるか、判らない。「判らない」とは、 リスクはあるはずだが、いくつ、と証明可能なリスクはないといふ意味だ。一般に、無いことを証明するのは困難だからこのやうな表現 になる。経験が無いから、リスクを見積れない。安全率を過大にしてしまふことになる。)お茶の例がその典型だった。お茶葉を米のや うにバクバク食う者など居ないのに、500Bqを超えたとして捨てられた。量の概念が抜けてゐるのだ。
 さて、おかしな方向と初めに書いたのは、これら安心のための施策が国力を削ぐと考へてゐるからだ。
 天が落ちてくるのではないかと、毎日をびくびくして過し精神を病むやうなものだ。安全(実は安心)のため、僅かな放射能を避 けようと食糧を捨ててゐる。放射線量測定は食料品、人体、空間、土壌と様々な物が対象になってゐる。人体は、癌検診も定期的に行ふ といふ。低レベルにもかかはらず行ふといふ除染、健康診断。心を病むため、闇雲な検診は控へるべきと思へるが、これで安心する人が 居るらしい。さう健康診断で甲状腺癌患者が増へると心配されてゐる。
 近頃では、PPT参加問題で輪をかけそうだ。混合診療が認められると想定されてゐるが、効果の無い治療(世のサプリメント全般 (効果が認められた医薬品では無いですよ)、余計な検査や治療(甲状腺癌の検査はその最たる物か)がまかり通りさうだ。なにしろ自 由診療だし、東電に費用請求できそうだから。
無駄と思へることでも、無用の用かもしれない。然し、それにかかる労力はどれだけなんだ。こんな非生産的なことを大々的にして ゐては国力が衰へる。国力なんて自分の生活に関係ネェ、といふかもしれない。
然し、治水や地震対策、土壌改良による農業生産性の向上、品種改良、人の教育、そういふ所に使ふべき金(冨)が安心感だけで 実際のリスクが減るのでも無いことに費やすのだから、みんなが貧しくなるといふことなんだが。
 細かいことにかまはず大括りにすると、災害から復旧するよりも安心感の方が大切、といふのが現状。仕事が無ければ、ぼけてし まふよ、本当に。実際、八ヶ月経って、東北の漁業者はどれだけ漁が出来るやうになった?
 後半は、放射能と直接関係ない事を書いたが、安心優先でかへってリスクが大きくなってゐるといふことでは、同じだ。 
平成23年7月24日(日) 桃(初物) (平成23年11月19日(土)に掲載)
 桃を食べた。初物である。一箱千円(約200g×10個、特秀)で売ってゐたので。帰宅して産地を見たら福島県だった。
 放射性セシウムが原発から放出され遠くにまで降ってゐた。500ベクレルという暫定基準値を超える食品が発生して大いに害を被ってゐる。 自分たちが決めたことなのだから、その責は、自らを負うのは当然だ。問題は、自分たち=日本人(外国から見た場合)なら、その通なのだが、 日本の中での関係はおかしな事になってゐる。決めた側はたいした害を被らずに、出荷できなくなった側は死活問題である。
 そもそも、500ベクレルといふ値に科学的根拠はない。
平成23年4月21日(木) 東日本大震災 原子力発電
 更新が滞ってしまった。このところ帰宅するとパソコンを起動して商品相場に参戦してゐる。
 さて、黙ってゐられないのが震災と原発。
 3月11日は当地も大いに揺れた。もう、おさまるだらうと何回も思ったが揺れは大きくなる。揺れ方からして遠いところの地震だと判断できた ので不安は感じなかったが、あまりに長いので会議中のある人から避難しようと声がかかり、外へ出た。電柱が大きく揺れ、折れるのではないかと 心配なほどだった。東北沿岸の状況は、誰もが知ってゐる通である。吉村昭の『海の壁 三陸沿岸大津波』で三陸の津波を知ったのは30年くらい前 の事だったらうか。津波から村を護る防潮堤を見に行きたいものだと思ってゐた。それがこのやうな惨状を呈することとなるとは思ひもしなかった。 尤も、津波注意報が出ても殆どの人は避難しないといふ現実があることも問題と言はれてゐた。逃げさへすれば命は助かるのである。だからだらうか、 万単位の人が死んだのに行政の責任を問ふ声は出てこない。まだ、さういふ時期ではないのも確かだらう。
 逃げることも出来ず被災したのが福島原子力発電所。放射能漏れを起して世界的な不安を惹起してゐる。事故の程度はレベル7といふ。 然し、幸ひなことに原発では死者は発生していない。遅発性の障害の虞が無くはないが大量の放射線を浴びたといふ報道は無い。レベル7と言っても 意外と安全なんだといふ思ひを持ってゐる。避難したことで亡くなったり、取残されたことで亡くなった方がゐらっしゃったといふのも困ったことで、 避難の方がリスクが高かったと言ふことになるのかも知れない。そんな中で、想定外の被害を受けた東京電力に非難が向ってゐる。社長の辞任は既定の こととしてゐるマスコミもある。津波で万単位の死者が出たことの責任論との差には、どのやうな意図があるのか見極められるやうにならないといけない。
 フランスやアメリカの原子力技術と比べ日本のは、遅れてゐるのだと感じさせられた。事故があったときの対処が違ふやうだ。ロボット技術は 日本の得意だと思ってゐたが、原子力に関しては考慮外だったらしい。事故が起きたときのための投資よりも事故が起きないやうにするための投資が 優先されてゐたため想定外のことが起きると万歳してしまふ。マスコミも放射能漏れを針小棒大に報道し非難するから、放射能漏れを前提とした 放射線下で働くロボットの開発などあり得なかったのだらう。

 ともかく、震災でなくなった方のご冥福を祈ります。被災され困難に面してゐる方々の元気とご健勝を祈ります。また、原発の制御が出来るやう ご関係者のご健闘を願ひます。自分は、節電。そして普段と変らぬ活動を心がけつつ、関東での大地震に備へます。
平成23年1月6日(木) 新年 新幹線 八戸 新青森
 新年は両親の家で迎へた。とは言へ、父は入院中とあって普段とは違うものとなった。年を重ねるとはかういふことでもあるのだらう。
 二日は青森まで延伸した東北新幹線に乗って帰ってきた。
 新幹線は盛岡から八戸、八戸から青森へと伸びてきた。4年後の平成27年には函館まで伸びるといふ。 八戸駅が開業したのは、ほんの少し前のやうに思へるが、平成14年12月のことで8年も前のことだ。4年先ならすぐだ。現在、飛行機を使う場合と 比べると所要時間が11時間対5時間30分と5時間30分の差があるが、函館延伸で1時間30分縮まると筋の選択肢が増へて鉄道好きには嬉しい。

 昨年は、参拝した神社の数は、94社 98社(1月23日修正)だった。今年も同等数の社を訪れたい。
平成22年10月9日(土) 神奈川県神社庁 神社詳細
 神奈川県神社庁の神社詳細ページを参照したり、そのページへのリンクを作成してゐるが、10月4日深夜に開いて みると、変ってゐる。Googleの地図が載ってゐること、問合せ先に管理元神社のページへのリンクが作成されてゐること、が 目につく。社殿の写真の掲載されているページが増へたやうにもおもふ。
 厚木市の下荻野に日吉神社が二つあり、住居表示と実際の神社とがなかなか照合できなくて困ってゐた。地図があれば迷ふことが ないのでありがたい。(結局、日吉神社の住居表示は取違へてゐたので直した)
平成22年9月15日(火) 貸自転車 電動自転車
 18切符では5月15日に続いて、8月29日に焼津、9月4日には浜松へ行ってきた。どちらも貸自転車を利用した。味をしめたといふ感がある。
 焼津では観光案内所で借りた。自分の体にはかなり小さく、サドルはあと20cmあげたかったがシートピラーが短く、膝がずいぶんと 曲った状態でこがなければならなかった。フレームも車輪も小さかったわけだが。行動範囲は、歩きに比べ格段に広がった。
 浜松では、オリックスレンタカーで電動自転車を借りた。Lサイズでシートピラーをmaxまであげるとちょうどよい。ペダルに体重をかけて 発進すると、ヒューッと進む。期待以上に加速するので要注意。坂道は楽だ。15%位あると思はれる浜松城への坂道を軽々と登れた。料金は、 3時間で400円ととても手頃。
 ところで、浜松城では、若い人が大勢訪れてゐた。歴史ブームといふことなのだらうか。ボランティアのガイドがゐらっしゃり、説明して くださった。それもあって、浜松は好印象だった。残念だったことは、かき氷を食べさせる店が、暑さの中で、見つからなかった事だった。
平成22年8月23日 青春18切符 貸し自転車 熱中症
 夏休みに合わせてJR各社共通で使用できる青春18切符が発売されてゐる。普通列車であれば、乗降り自由の切符だ。
 8月1日に鹿島神宮・香取神社へ、15日には笠間稲荷神社へ行ってきた。佐原市(香取神社が近い)では自転車を借りた。味をしめて、 笠間でも自転車を借りて笠間城があったといふ山を目指した。
 今年の夏は暑い。35℃を超えてゐる中の運動がたたって熱中症になってしまった。ズボンの裾をまくり、靴下をおろし、靴を脱ぎ、 シャツの裾をまくり上げて腹を出し、しばらく佇む。石段の上においたバッグから扇子を取出すと、くらくらする。 下を向いたのがいけなかったやうだ。貧血あるいは熱い風呂で長湯した後の状態だ。仰ぐ腕がだるい。然し、体が冷えるのを待つしかない。
 根性で、等と我慢して登ったりすると上で倒れてゐたと思ふ。山は比高160メートルほど、標高205mでしかない。山を降り、かき氷を 食べると生返った。
 22日あたりにも出かけたかったが、暑さには懲りたので、家の中にゐた。あと2回は出かけたい。
平成22年7月12日(月) 厚木神社例祭 御輿 木臼
 きのふ、御輿を担いだ。ほんの10メートルほどだが。
 厚木神社の例大祭があって自治会では休憩所での接待をする役があって、お手伝ひしてゐた。休憩所のいはれは、約300年前の 正徳四年(1714)のお祀りで、御輿が相模川に入ったときに御輿の扉が誤って開いてご神体が河の中に落ちて行方不明になったのが、翌年に 告原伊部衛の霊夢を得て河の中から見つけ出したのを、木臼の上に安置してあった所といふ。
 御輿を担ぐのは初めてのことで戸惑ったが、貴重な経験をさせてもらへた。厚神会のみなさん、自治会のみなさんありがたうございます。
 自治会のメインイベントは子供御輿の巡航。小さな子が多く、御輿は担がず台車に乗せ、小さな子はぶら下がるやうにして押してゆく。 昭和三年の制作といふ。
 神社御輿の宮入は19時から。神職がご神体(の入ってゐると思はれる入れ物)を御輿から取出し、ご本殿に戻してお祭が終った。
 皆様お疲れ様でした。
平成22年6月20日(日) 藤原正彦 エネルギー・資源
 今月の文藝春秋に「日本国民に告ぐ」(藤原正彦)と題した文章が載ってゐて、紹介文を読むと「国家の品格」を著したとある。 読んでゆくと、文章の調子から、『週刊新潮』に連載してゐる人なのでは? と気づいた。毎週読んでゐて、当人が書いてゐる数学者と いふこと以外知らずにゐた。
 内容については何の異論も感じない。批判的に読むといふ観点からは問題かもしれないが。

 実現はむづかしいことに思へるが、アメリカによる洗脳が解けたとしてだうなるかを考へる。国としての行動は当然変るだらう。 一方、人々の生活は、個人の自由偏重を戻すには別な力が必要だろう。また、必然的に変る。

 今の生活は、乗用車に乗ってどこへでも自由に行けるといふ状況にあるが、これは、諸外国からものがどんどん入ってくる ことでもある。安い賃金でつくったものを大量に運び、郊外にあるショッピングセンターで販売し、車に乗って買ひに来る。これは生産者の職 を無くし、中心商店街をシャッター通りとしてきた。よく言はれてゐることだ。然し、これが成立つのは、いってみれば、安価な石油の供給が あったからこそである。ひとは、二酸化炭素排出量削減しようといひながら、その実、経済発展を望んでゐる。車が売れたといって喜んでゐる 訳だ。欲を社会主義的政策でコントロールできるとしても、外からのものの出入りが自由ならば、長くは維持できない。

 別な力とは、資源の減少・枯渇である。人類は、火を使へることで資源を利用し、生存に役立ててきた。特に、エネルギー源を得た産業革命 以降の人口増加は著しい。石炭・石油を容易に利用できたからである。生物学的に考へると、人口が倍々と増えてゆくと、食糧難、病気、天敵、 環境悪化で増加から一転、激減し元に戻ることになる。人類の場合、天敵は無いが、人口増加を支へてきたエネルギーが不足すると今の心地よい 生活を支へてゐることの多くが失はれる。食糧に関してならば、肥料・農薬・農業機械・生産物の輸送に支障が生じる。生存に必須である食糧の 不足に通じる。使へる資源は有限である。海の底にメタンハイドレートとしてエネルギーがあるといっても採掘にもエネルギーが必要であり、 収支が十分なプラスにならなければ、掘るだけ損だ。在っても役に立たない。
 エネルギー不足となると、否応なく地産地消となる。運ぶコストが高くなれば、近くでの少量生産へと流れが変る。物の入手が簡単では なくなると、使ひ捨ては避けられる。ごみの発生は減る。通勤をはじめとした活動圏は狭くなり、人とのつきあいは近隣が重要性を増してくる。 核家族化も変るだらう。核家族化を支へたのもエネルギーなのである。
 社会の活動量は、悪くすると、産業革命以前に戻ることとなる。そのときの日本人の心は、アメリカによる洗脳から解放されてゐるよう 望む。さうでなければ、自由度が減り、物も有余ることが無くなったといふ不幸せだけを感じなければならなくなる。

 二世代(50年)先には、別な力が顕在し始めるころかもしれない。核融合によるエネルギー利用や、太陽電池・太陽熱による発電が火力 発電に置き換ってあまりあるやうにならなければ大いにあり得るシナリオだ。今あるエネルギーを乗用車や大型テレビの視聴に費やすより、 太陽電池・太陽熱利用設備に向ふやう政策をとらなければならないと思ふ。

(平成21年7月10日の仮名遣を直した。)
平成22年4月11日(日)  パソコン 靖国神社
 3月最終の日曜日は、パソコンを新しくした。使ってゐたのがセーフモードでなければ動かなくなったので、経年数を考慮して、新しくした。 OSがXPからWindows 7 となりいろいろと戸惑った。画像のレタッチソフトは今日になってインストールして、縮小画像を作れるやうになったので、 これまでのようにUPしてゆけるだらう。
 今年は花見に何回か行った。今までにない年だった。昨日は、靖国神社と千鳥ヶ淵あたりを歩いてきた。靖国神社は二回目だったが、季節が違ったせゐか 全然印象が違ってゐて驚いた。参拝される方も多く拝殿前には列ができてゐたほどだった。花は、盛んに散ってゐて満開の時にもきてみたいと思ふ。都心にあり 交通の便もよい。何度でも訪れ、大きな鳥居をくぐって心を新たにするとよい。 
平成22年3月14日(日) 比々多神社 
 今日の日曜日、自転車で神社へと出かけてきた。三宮の比々多神社とその周辺の神社。4時間20分で30.9km走ってきた。下調べして 16社の場所を確認し、地図をもって出かけたにもかかはらず、予定してゐなかったところに神社があって参拝したり、意外なこともあった。訪れた のは8社。
 大きな木を見慣れてきたせゐか、2年前に見て雨宿りした三宮比々多神社の拝殿前にある杉の木が『思ったほど大きくはないな』と感じてしまった。 鶴岡八幡宮の大銀杏が倒れたのは、多くの人が親しんできたから特に残念だったが、大きな切り株は時々見かける。それらも何百年、もしかすると 1000年の歳を重ねたものだったかもしれない。今日参拝した明神社では、御神木は二代目だった。人より長命には違ひないが寿命はある。種か、 挿し木か、ひこばえか、手段はあらうが、代を重ねてもらひたいものだ。
平成22年2月11日(金) 建国記念日
 このところ新たな神社への参拝は少ない。寒さのせいもあり外に出たくない。
 そんな中、9日には都内に出た際、東郷神社に参拝してきた。地下鉄千代田線の明治神宮駅下車、JRだと原宿駅が最寄り駅となる。 山手線を挟んで明治神宮とは反対側にある。
 東郷元帥は、戦果は自分の手柄とせず積極的に部下の手柄としたといふ。単に、日本海海戦の勝者といふだけでなく、人として 立派な方だったやうだ。神社では、特年兵の碑の裏側にある碑文を読んできた。14歳という若さ、幼 さといふべきか、痛々しい。一万余人が志願し、五千人が戦死したといふ。かういふ人たちも国を支へたのだと思ふ。碑の前では頭を下 げざるを得ない。
 日本海海戦は吉村昭の小説で知ったが、題名が思ひ出せなかった。調べたら、『海の史劇』。30年を経てもう一度読むと違った読 み方が出来るのだらうが、実際に二度読んだ本といふのは、片手くらいしか思ひ浮かばない。他の人はだうなのだらう。
平成22年1月11日(月) 新年 
 久しぶりに参拝神社を掲載。
 塩野七生の『ローマ人の物語』(文庫)を何年か前から読んできて35冊目まできてゐる。時代はローマの政体が絶対君主制に変はってき たところである。軍と元老院の人の行き来が禁止されたり、キリスト教が問題視されたりしてゐる。前者は、広い視野をもった人物の育成に 支障をきたす(良い指導者を得られなくなる)といふ問題となってゆく。現在の徒な官僚たたき、少し前の派閥批判と類似性を感じる。後者は、 キリスト教が台頭してくるのだが、それを許したのは、人々が不安を抱き自分から何をしようといふのではなく神に導いてもらはうといふ気持ち になったことにあるとしてゐる。今の日本も、政権交代といふ実体の不明なスローガンに乗ってしまふ人が多いのを見ると、ヨーロッパでは中世を 迎へるのと同じやうな道を進むのかと気をもんでしまふ。
 今年の初詣は、9日に厚木神社を詣でた。少年野球のチームが引率されて来てゐて、手水を使ってゐるところだった。引率者に、先に使ふ やう勧められたが、さうは行かぬと、待つ。少年達が皆おはったら、引率者が私たち一般参詣者に挨拶された。よい子に育つだらう。
平成21年12月12日(日) 参拝200社
 昨日、隣市の4社を訪問し参拝した。丁度、200社。
 200社目は、神奈川県伊勢原市池端にある御嶽神社。南西150メートルほどの所にある蔵福寺の鬼門除けとして510年前に創建されたと 参道入り口にある看板に書かれてゐる。看板自体は文字が消えてゐるところもありそれなりの年月は経てゐる模様。
 参拝して境内を歩いてゐると銀杏が落ちてゐる。この季節なので一月ほどこの状態で落ちてゐたのではないかと思ふ。粒が大きく、 これはもったいないと頂いてきた。お礼に、若干のお賽銭と掃除をしてきた。
 今日は、その銀杏の実を取り除き種を取り出し、水洗ひした。近所にはにほひで迷惑をかけたかもしれない。
平成21年11月1日(日) 蛎殻町
 先週の25日は、日本橋の蛎殻町に行ってきた。商品先物取引の会社(取引員)の多いところだ。東京穀物商品取引所がある。自分が 口座を開設してゐる会社もある。
 地下鉄人形町で降りて、銀杏八幡神社と小網神社に回ってきた。人通りは無かった。日曜日だから当然か。
 駅からは、東穀取、カネツ商事の前を通った。かつて、カネツ商事にネット口座を開いたときにここまで来たことがある。たいそう 立派な建物に見へた。空間が多く、贅沢さを感じた。取引はPHSを介してネットにつなぐといふ、実演をして説明を受けた。いま、その口座は、休止中だ。 会社の方も本社を移転するといふ。
 そのときは、東穀取にも寄って、取引してゐる様子を見学した。もはや立会ひは無く、コンピュータを使った取引だ。ハナの様子がそこで初めて 目に出来た。取引員ごとの数字が並んでゐる。新鮮だったな。
 参拝は、取引がうまくゆくやうに、ではなく、他の神社でと同じに、「こんにちは」との挨拶です。
平成21年10月3日(土 中秋) 掲載社数 図書館
 今日の更新で、101社の掲載となった。節目の100社を超えたが、まだ始まったばかり。
 厚木市立図書館に行ってみた。どのやうな本があるのかと興味津々。厚木市史には社寺の資料編や小祠を調べた資料があり、役に立つ。 もう一つ、意外だったのは、近隣市町村の資料も在ること。現地の図書館とは充実度は違ふだらうが市史や町史が読めるのは有難いことだ。
平成21年9月23日(秋分の日) 掲載ペース 二酸化炭素削減 地方主権
 今、17:33。連休ももう終はる。おとといは敬老の日ださうで、幾つもある月曜の祝日の一つといふ意識しかない。9月15日といふ記憶は忘れない。
 厚木市内のいくつかの神社紹介を新たに掲載したが、現地訪問とインターネットでの調べが中心になってゐる。厚木市に関しては「厚木の歴史探訪5」 (厚木市文化財協会 2007年1月発行、17名の方が執筆されてゐる)が大いに役立ってゐる。インターネットでの調べは、神社名と地名を入れて検索してゐる が、自分の作成してゐるwebページが選び出されてくる。検索されて結構なことなのだが、実はリンク先となるべきページが未だ作成されてゐないので、 問題と思ってゐる。参拝してからも、半年以上もすぎてゐるから、季節は真逆になってゐるのも問題だ。掲載ペースを上げなくては。

 鳩山総理大臣が国連で1990年比25%の二酸化炭素排出量削減を表明して大きな拍手を受けたといふ。拍手の意味を、「日本よ、良くやった」「日本 の存在感を示した」といふ思ひで報道してゐるし、そのやうに視聴者も受け取るのだらう。内情を知ってゐる人は、「だうやってそんなことを実現するのだらう」 と思ってゐるかもしれない。他にもあるだらう、さう、日本が経済的に衰退するならその分利する国がある、といふ側面。身近なところでは、オフィスや 家庭からの二酸化炭素排出量は現在比40%の削減が必要といふ。技術の進歩でまかなへない部分は、照明半減・テレビ使用半減・入浴半減・自動車や 飛行機を使った外出半減、等々で辻褄を合はせるのを受け入れてゐるのだらうか。今のうちに、高速道路走り放題で走り納めか。

 江戸時代の江戸は、一家族三坪(土間兼台所+四畳半、押し入れなし)の長屋に住む人が多かったと、江戸東京博物館で見てきた(21日)。地方での生活は だうだったのだらう。典型的な農家の建物が展示されてゐることがある。それを見るとそんなに狭いことはなかった。面積の絶対値は違ふにしても現在も 家の広さに違ひがある。個人個人の価値・権利は住居面積のやうに本来は異なるのではないか、人口に比例した権利ではなく、経済力や武力を背景とした 国連で言へばの常任理事国のやうに軽重があるのではないだらうか。地方分権と言はれるのにも通じるものがあると考へてゐる。(「地方主権」といふ言葉は をかしなもので、主権は国家にしか無く、行使するのは政府である。「主権在民」を個人個人に主権があるのだと誤解してゐる者が「地方主権」などと言っ てゐるのだらう。いふなら、自治権だらう)
平成21年8月30日(日) 総選挙
 総選挙は民主党が圧勝である。三分の二議席を超えるのだらうか。
 精神面で日本が毀れるのではないかと心配してゐる。戦没者の慰霊もしない(無宗教の追悼施設云々といってゐるので霊を認めてゐない訳だ)といふから国の体をなさなくなると私には思へる。経済に関してはデフレ対策がないし、二酸化炭素削減目標を加味するとデフレ促進なので、失業促進となる。生活が成り立たなくなる。深慮遠謀がないのではないかとの心配も、自民党に対して以上に強い。
 一つ、自民党の保守を自認してゐる人たちには靖国神社、護国神社に参拝してほしい。特亜からの干渉も減ると期待ができるし。
平成21年7月10日(金) 仙台駅 東側
 6月30日(火)に仕事で仙台へ行った際、近くの神社に参拝してきた。
 仕事終了→和光神社小田原八幡神社鹽竈神社→仙台駅→自宅
 朝は雨。昼にはあがってゐた。半袖で歩いてゐると肌寒い。16時半くらい、と夕方と言ふこともあり、足早に歩く。荷物を持って急ぎ足なので汗ばむ。
 事前に調べておいた三ヶ所に行きたいと思ひ、北へ向かって歩く。高架線路の手前まで来たら左(東)へ行けばよい。建物と建物の間には空き地が結構あるし、道路工事をしてゐるところもある。小田原八幡神社・鹽竈神社と回るうち、再開発中といふことがやっと判った。
 45号線に出たので東へ向きを変え地図を見ながら歩く。一本南よりの道路に筋を変えて、また東へ少し行くと右前方に神社の入り口らしき物が見へてきた。和光神社だ。神明鳥居の笠木は苔むしてゐる。頭を下げてくくると左手に手水舎があるが、水はない。そのまま進んで参拝。拝殿は北を向いてゐる。縁の先のほう、雨が当たりやすいのだらう、腐ったのかかけてきてゐる。境内は、人があまり歩かないとみへ、土が軟らかい。でも雑草が生へてゐるわけではなく、相応の手入れはされてゐる様子。戻って、参道入り口の石標を見ると「鉄砲町」「明神横町」とあり、本殿側の面には名前の由来がかかれてゐる。神社がもとは和光明神といったのでその名前が横町の名前に残ってゐるといふ。
 和光神社を後にして、小田原八幡神社を探す。神社の南東側に来たとき、社殿が見へてきた。建物が無く駐車場になってゐるから見通しがきいた。北側の入り口に向かふ。入り口には社標がある。新しい。左手は、建って日の浅いと思はれるマンションが、右手は平屋の古い家があり、トタンの波板かと思はれる塀が鳥居の所までの30メートルほど続いてゐる。本殿の背後は、これも10階以上在るだろうといふ鉄筋コンクリートの建物。将来は、ビルの谷間になりさうだ。本殿はさう新しくはないが、土台は新しく、境内地には細かめな採石がしかれてゐる。御輿殿は新築されてゐるやうだ。「社殿並びに社務所新改築奉賛芳名簿」が掲げられてゐて平成14年6月の日付がある。鳥居と本殿に扁額がかかってゐるが、どちらも「八幡神社」となってゐる。社地は狭いが、木を何本か植えてある。大きくなるのも困るだろうが、ビルの谷間となったときには癒しの空間となるだらう。
 ゆっくりしすぎてはいけない。帰宅の時間が遅くなる。
 45号線を西に向かふ。仙台駅の方向である。
平成21年6月19日(金) 厚木市内
 一月前にゆけなかった棚沢へ行ってきた。一番遠い三島神社までは直線距離で8km。
 自宅(13:32発)→浅間神社(藤塚、14:06着)→諏訪神社(下川入)→天野神社(愛川町坂本)→三島神社(棚沢市島)→皇大神社(16:16発)→帰宅(16:54着)
 この中で宗教法人として登録されてゐるのは、諏訪神社、三島神社、皇大神社。
 午前中は所用で出かけ、帰途、神社を知るのに参考になるものはないかと郷土博物館に寄った。厚木の地名¥6500、厚木市史寺社編¥5000位?があったが少々値が張るので見合はせた。
 厚木の神社境内には子供のための遊具が置かれてゐることが多い。今日訪れた、諏訪神社・皇大神社にも置かれてゐて、共に一組の親子が遊びに来てゐた。写真を撮るには邪魔。撮られる側は迷惑だらうから写したくないし、webに載せるにも気遣ふ。人が在っての神社だから、人が写ってゐた方が良いのだけれどね。
 歴史を知ると、それだけ書くべき事を練らなくてはいけなくなる。たとへば、江戸末期あるいは明治初期の村の戸数が判ると、「100戸に満たない人たちでこの神社を維持してきたのか」といふ感慨を書きあらはしたくなる。しかし、もっと知ると、どこでも似たやうな状況だったといふことが判ってくるかもしれない。半可通では書けないといふことだ。
 例に挙げた、氏子の戸数はつい最近知ったことで、現代は人口ばかり多くて精神的にはあをい(green、未熟)な気がしてきた。
平成21年5月15日(金) 厚木市内
 厚木市内には57の宗教法人となってゐる神社がある。全部参拝するのを当面の目標としてゐる。37社参拝したのであと20社ある。
 今日は、相模川沿ひにさかのぼって棚沢までゆかうと計画。場所を確認し地図を印刷したら11時に近くなってゐた。全部は回れないかもしれない。
 カメラを2台持った。画像サイズを小さくするには、F30(富士写真フイルム)がよく、10kB台のサイズになる。F100を使ふと同じサイズに縮小しても30〜50kBになる。F100の方が画角が広く画素数が多いので主にこれを使い、webに乗せようと思ふものはF30で撮影するつもりだ。
 10:56出発(自転車)。南風が強く楽ちん。国道129号線にでて、金田神社を左手に北へ走る。最初の八幡神社で写真撮影中F100の電池が残り少なくなった。充電が必要とは気づかなかった! F30が頼りとなった。
 国道129号線は東側の相模川、西側の中津川の間の段丘を南北に走ってゐる。白笹稲荷神社は中津川側の段丘下、御嶽神社は相模川側の段丘中腹と上り下りが多く脚力を使ふ。段丘の下は水田となってゐる。水を張り代掻きが始まってゐる。そんな中を見慣れぬ者が自転車でうろうろ。神社の森の中へ。不審気に見られたかもしれない。それでも、計画になかった祠(山王社)も参拝できた。依知神社を15:54に出た。
 風向きも考へ、棚沢へは自重し次の機会にゆくことにして帰途についた。向かひ風が手強い。
 八幡神社(下依知)→浅間神社(中依知)→日枝神社(関口)→大六天神社→白笹稲荷神社(関口長坂)→日枝神社(関口長坂)→御嶽神社(関口)→山際神社→天神塚→中神社→熊野神社(猿ヶ島)→山王社(猿ヶ島・新開)→浮島神社→日枝神社→依知神社
 宗教法人は7社。計44社。あと、13社、遠いところが残ってゐる。
平成21年5月10日(日)
 雨がちな天気も困るが、暑いのも困る。相模原市の東林間神社に参拝しにでかけたが、室内から戸外に出るとむっとする暑さ。冷房を入れてゐるわけではないが、コンクリートが暖まってゐないのだらう。神社は最寄り駅の東林間駅(小田急線)を降りて数分なのに汗が出る。
 全国では30度を超へてゐるところもあり、5月として観測史上1位の観測が45カ所もあった。数が多いのには驚きを感じるが、統計開始年が1979年のところが多く、41カ所はアメダスによるもの。数に驚いちゃいけない。
平成21年05月05日
 今日は天気が悪く、1日にアップしたファイルの手入れと、参拝神社リストを作成した。
 HTML文書の手入れは、(1)head情報の入力、(2)画像の枠線入れ、(3)画像のalt入力、(4)ファイル名変更。神社ごとのファイル名は緯度経度の数字を使ってゐたが、リストを作成したのでその番号とした。13桁が3桁に減ったので識別しやすくなった。カウンター設置。
 それにしても手間がかかる。
平成21年05月04日
 都内の駒込駅から王子駅まで散歩した。途中、妙義神社・旧古河庭園・平塚神社・飛鳥山公園・王子神社に寄った。七社神社・王子稲荷神社は、時間が無くまたの機会となった。
 暖かく、気持ちの良い日だった。歩行数:13000歩。
平成21年05月01日 日中
 鎌倉駅から鶴岡八幡宮、荏柄天神社、鎌倉宮を参拝して鎌倉駅へ戻ってきた。八幡宮では、旗上弁財天を参拝し御朱印をいただいた。存在を知らずにゐた。鎌倉宮では、土牢等を見学し充実感があった。帰り道、八幡宮近くで稲荷神社があって、奉納者の札を見ると「築山稲荷社」とかかれてゐる。
 歩行数は、14000歩。
平成21年05月01日 未明
 一週間ほど前から無料HPの開設を検討してきたが、とにかくやってみることにした。
 今まで作ってゐたファイルを簡単にUPできた。
 問題は中身。誰が見てくれるのか?



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